第17話 義母のブラコン宣言。「大好きってそのままの意味ですよ?」
『まあ、私は颯流のことが大好きなので迷惑を掛けられても全然構いませんけどね』
月愛がそのセリフを吐いてから本人はケロッとして唐揚げ丼を食べ始めた。
だがそんなことを堂々と宣言されて俺は月愛の優雅に食べる様を見ながら硬直していた……ということは木下さんもそうだろうけどこの空気は非常に不味いな。
なんてことをしてくれたんだ月愛のやつは……お前もしかしてこのために俺たちを呼んだのか? いやきっとそうだ、こいつが善意で自分の不利な状況を好き好んで発生させるわけが無かったんだ……なんて狡猾な罠にハマってしまったんだ俺は。
それに義理の兄妹とはいえ俺たちは昨日の今日で兄妹になったばかりという筋書きになってるのだ……当然だが本当の兄妹としてお互いを見られるわけがないのは木下さんにも伝わってしまう。すると木下さんは困惑しながらも月愛に問い返した。
「ねえ月愛ちゃん、颯流のことが大好きって……どういうこと?」
おいマジでどうなっちゃうんだよなこれは……クロワッサンの言う通りにもう早速修羅場のような現場じゃねえか。月愛が俺のことが大好きだが俺は木下さんのことが好きで、その木下さんは月愛と仲が良い方の友人って構図そのものが危ういんだ。
そう疑問をぶつける木下さんの表情が直接見られない。
それに月愛の方も月愛で一体何を考えて居るんだろうか。
ここで訂正しなければまた木下さんとの心理的な距離が開きそうでヒヤヒヤする。
「大好きってそのままの意味ですよ?」
「……っ」
「へ、じゃあやっぱり……」
どうする、今すぐに俺の方から割り込みに行こうか?
いや下手に介入して誤魔化そうとしたら事態がややこしくなるだろう。
どう返事するんだ……と思っていると爽やかな笑みを浮かべながら口を開いた。
「ええ、私──ブラコンなんですよ。だから私のことを甘やかしてくれて何処までも我儘を許してくれるお兄ちゃんが大好きで……そうですよね、颯流?」
「ああ、そうだな。俺には勿体無い程によく出来た妹だよ」
気がついたら自然と息を吐くようにして嘘をついていた。
それにしても良かったよ本当に……そういうことならば違和感が薄まるものか。
自分の肉親のことが大好きだと言ってる人間に違和感を持つ方がおかしくなるし。
「あ……なるほどね。月愛ちゃんが急に凄いことを言うから本当にビックリしたよ! ニャハハ〜」
「そうでしたか? 紛らわしかったようですみません。んふふ〜」
「……ふぅ」
マジで一瞬ヒヤッとさせられたぞ月愛のやつめ。まさかこんな形で仕掛けて来るとは思わなかったけど、何だか月愛が木下さんにプレッシャーを与えてるのは俺の気のせいだろうか? そう言いながらも上機嫌に喋り続ける月愛だった。
「だからそんな大好きなお兄ちゃんは誰にも渡したくないんですよね〜」
「……そ、そうなんだぁ。ニャハハ〜颯流くんも良かったね、こんな可愛い妹に物凄く愛してもらえて」
「ああ、身に余る光栄だと思ってるよ……」
「んふふ。颯流は妹が作ったご飯を美味しそうに食べてくれるし、夜に眠るときは同じベッドで眠るほどに仲が良いですからね〜」
「ぁ……な、仲が良いんだね?」
「……俺もそう思うよ」
すぐに木下さんが自分のハンバーグ定食に集中し出したようなので月愛をきっと睨んで抗議する。
『どういうつもりだ』
『んふふっ。何って、ちょっとしたスパイスですよ?』
『何がスパイスだ意味がわからん。仲良しアピールが度を越してるだろ』
『まあまあ颯流は気楽に楽しんでいて下さい、理由は後で教えますので』
『本当に頼むぞお前……?』
返事にウィンクを返してきた。
マジで俺の恋路に協力する気があるのか無いのかわからなくなってきたな。
「だから読書するときにお兄ちゃんの膝の上で読むのも楽しいんですよね、落ち着きますので。優希ちゃんも4歳の弟が居たんですよね、同じように思いませんか?」
「あ! うんうん、私もそうなんだよね! 最近は何だか家族に対してちょっと反抗期なところもあるけど基本的に楽しく過ごせてるよ! 昨日もスイッチーズで遊び倒したしね」
「へー、4歳児も問題なくスイッチーズで遊べてるのか。ちなみにオリマーカートでの順位はどのくらいなんだ?」
「そうなんだよ! それが最近になって物凄く上手くなって、今では私から1位を奪取する展開が続いてて地味に悔しいんだよね……ニャハハ〜」
「へえ、そんなにか? 俺も1度は木下さんの弟と遊んでみたいものだな」
ゲームにも腕がある俺からすれば興味を抱かずには居られないな。木下さんもしょっちゅうじゃ無いとはいえ、小学生の頃からテレビゲームの類は友達と遊んできたようだしな。何より木下さんの弟だなんて絶対に可愛いだろうな……この目で見たい。
「ぁ……その、また今度機会があればね」
「……へ」
少し沈黙が出来てしまって気恥ずかしい時間が流れる。そっか俺これじゃあ木下さんの家に上がり込みたいと言ってるようなものじゃねえか。なんて大胆で勇ましい発言を無意識にこぼしていたんだ俺は。ともかくもカツカレーを完食させておこうか。
『キーンコーン、カーンコーン』
やがて3人ともが食べ終わったところを昼休みの予鈴が鳴らされた。
「あ、忘れてた! ごめんねー、私今日に限って体操服を家に忘れてきたから他クラスの友達に借りて来ないと。だから先に行っちゃうね。月愛ちゃんも颯流くんも私のお昼に付き合ってくれてありがとう! じゃあまた今度ね〜」
「ええ、いってらっしゃい優希ちゃん」
「またな木下さん」
それだけ言うと木下さんはピューっと学食を後にして月愛と2人きりになった。
「優希ちゃんと一緒に喋ってるときの颯流は本当に楽しそうでしたね」
「好きだからな、決まってんだろ。それよりお前、さっきの義妹アピールは心臓に悪いからやめてくれよ」
「あら、お気に召しませんでしたか? 普段だと絶対に起こるはずのない状況に遭遇したら人はギャップ萌えを味わって心にキュンと来るはずですが」
「やっぱり狙ってたのかよ、本当にタチ悪いぞお前。はあ……」
あの光景を思い出すだけでもどうしようもない気恥ずかしさを覚えてしまうものだ。自分の母親になったはずの女性が俺の義妹にまで変身されたらいよいよ脳味噌の情報の処理が追いつかなくなってパンクしてしまう。そして何より不意打ちでドキッとさせられてはたまったモノじゃない。今後も控えてほしいのが正直な気持ちだが。
「今朝話した通りに今後も主に学校では颯流のママではなく妹として接していくつもりなので、これからもそのつもりでよろしくお願いしますね、お兄ちゃん♡」
「っ……分かったからせめてその呼び方やめてくれよ」
「嫌ですね。んふふっ〜」
「……ったく」
何処までも俺の予想を上回るサプライズをぶっ込んでくるから月愛はいつだって気が抜けないな。それでも何処か彼女のそんな要素に期待してしまってる俺も出来始めてるのが気に入らなくて、自分のことをグーパンチで殴りたくもなるものだ。
「そういえば月愛、お前がやたらと木下さんに俺との仲をアピールしてたアレって何なんだよ一体……黙って聞かされていた俺も冷や汗が止まらなかったぞ」
「んふふ……どうして焦ったのかを聞いてもよろしいですか?」
「そりゃお前、俺と木下さんがくっつく可能性が遠ざかるからだろう──」
「へー、随分と興味深い見解ですね颯流。もしかして颯流は優希ちゃんが自分のことを好きなんじゃないかと、そう思ってたりするんですか?」
「……いや」
それはまだ俺にはわからないし俺が喉から手が出るほどに求めている回答だからむしろ俺に教えてほしい気持ちがある。だが少なくとも嫌われてはいないだろう。ラノベに出てくる謎の鈍感系主人公でもあるまいし、多少の行為はあるだろうと見てる。
「まだ確証に至ってないけど……少なくとも嫌悪されてはいないだろ。それがわかるだけでも今の俺には十分だ」
「ふ〜ん。そうですか。まあ颯流がそれで満足なら私から言うことは何もありませんけどね」
「そんなことよりもお前がああいう発言をした理由を話してくれよ」
「ああ、アレですか……んふふっ、そうでしたね」
すると彼女は何か含みを持たせているかのようで、怪しい光を帯びた目で俺を見てきた。
「私がわざと颯流との仲をアピールしたのは颯流との関係における障害物を優希ちゃんに意識させるためですよ」
「へ、障害物?」
「ええ。まあ詳しくは『ロミオとジュリエット効果』でググって見て下さい。それじゃあ私もそろそろ着替えに行かなければならないので、もう行きましょう颯流」
「うわ、ヤッベ。さっさと体操服取ってこよ」
月愛の発言を疑問に抱きながらも慌てて次の授業の準備に勤しむ俺だった。
しかし同時に罪悪感にも苛まれるのだった。
俺も月愛の提案に賛成したとは言え彼女に嘘を吐かせて良かったのだろうか。
それで木下さんにも嘘をつく方針が固まってて釈然としないんだよな。
それでも月愛の希望でもあったため仕方ないとは思うんだが。
そう心の片隅に燻りを覚える俺だった。
【──後書き──】
幼馴染から義母から義妹へと、進化形態の多い女の子ですね。
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