ありがとう

「イブは二人になりたかったけど、ほら私の学校、毎年学生でコンサート開く」

「知ってるから大丈夫。会えないことなんて屁でもない。鍛えたからね」

「あ。それは私も。鍛えられた、武君にね」

「ごめん。俺のせいだった」


家から自販機の角までは数十メートルしかない。

自転車を押す武君と私は自販機の明かりの前で立ち止まった。


「もし、ひろみちゃんが俺に手紙をくれなかったら」

「え?」

「俺たちは、今頃、こんな風に二人で歩いてなかった」

「うん」

「死ぬほど後悔してたかもしれない」

「私だって」

「ありがとう。諦めないでくれて」

「武君の気持ちが翻るまでストーカーを続けるって決めてたからね」

「そっか。じゃ、今度は、俺が」

「ん?」

「もし、ひろみちゃんが俺から離れようとしたら、手紙を毎日出し続ける。ストーカーになる。覚悟してくれ」

「きゃ、こわい。お願いします」


武君が自転車にまたがった。


「武君。いつもピアノを習いに来てくれてありがとう」

「いや。早く上達しないと」

「ありがとうございました」

「ありがとうございました」


武君の大きなお尻を乗せて自転車がゆっくり遠くへ消えていった。


今日はずっと思ってた。

ありがとうは私たち二人にとっての、愛してる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ピアノレッスン 味噌醤一郎 @misoshouichirou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ