第4話 文化祭での思い出は、頭の中に鮮明に残る。

「皆んな、ちょっとお願いがあるんだけど、、」



 廉斗と話をした次の日、結愛はクラスメイトのいる教室で声を出した。彼に言われた通り、自分だけでなく、人に頼ってみようと。



 それでたとえ拒まれたとしても、言わない後悔より言った後悔の方が良いだろう。すぅと息を吸えば、クラスの人々の目は結愛に集中していた。




「その、文化祭の準備の事なんだけど、、」



 結愛が再び口を開けば、視線が集まっているのを肌で直に感じた。公の場で話すのが恥ずかしいわけではないが、人にお願いするというのが経験の浅い事なので、少し緊張していた。



 それに心の中では面倒だと思っている人もいるので、周りの雰囲気に臆していた。




(頑張れ、小南さん)



 それが廉斗の狙った行動なのかは分からない。だが、その言葉がスッと耳に入ってきて、結愛の心を楽にしてくれた。




「私1人じゃ終わりそうにないから、手伝ってくれない……?」



 その言葉を勇気を振り絞って発すれば、教室は旧に静まり返った。




「えっ、文化祭の準備って小南さんが1人でやってたの?」

「俺、そもそも文化祭の準備とか終わってるのかと思ってた」



 少しずつざわめき始めた教室からは、ポツポツとそんな声が聞こえてくる。「良かった……」ホッと胸を撫で下ろして安堵しながらも、結愛は続けた。




「もちろん強制はしないけど、出来る人は手伝って欲しいわ……」



 新鮮な気分だった。こんな事だけでいいのかと、自分を疑った。そして、自分は何故こんな簡単な事をしなかったのかと疑問にもなった。



 結愛の場合は、きっと怖かったのだ。他人に悪く思われる事が。普通の人なら心を読む事なんて出来ないので気にしなくてもいいかもしれないが、結愛の場合はそれが人一倍敏感になる。



 小さい頃からそんな環境で育ってきたので、頼れる自信がなかった。しかし、今辺りを見渡す限り、悪く思っている人はほとんどいない。流石に数名は面倒だと思っている人もいるが、クラスの大半数が、そんな事を思ってもいなかった。



 いや、思おうとすらしていなかった。




「小南さん!もっと早く私達に言ってくれれば手伝ったよー!」

「ごめんね!私こういうの人任せっぽくて、小南さんに押し付けてたかも、、」



 別に謝罪を求めているわけではないが、なんだか嬉しかった。もちろん内面に100%の謝罪が含まれてはいない。それでも、たった1%の気持ちだけでも自分に向いてくれたのが、心に沁みた。



 結愛は、また涙が出そうだった。だがそれをグッと堪えて、大きく深呼吸をした。




「皆んな、ありがと」

「てか小南さんのお願いなら断れないから!」



 男女問わず、出し物決めの時と同様にやる気に満ち溢れていた。今すぐにでも始めようと言わんばかりの勢いで、教室で騒いでいる。


 


「……あの小南さん。……そ、その、今までサボったりしてごめん。言い訳にはなるけど、小南さん1人に任せきりだったなんて知らなくて、、」



 クラスの勢いに流されたのか、前に都合の良い口実でサボった人達が、結愛の近くにやってきた。




(準備は面倒だけど、それでも小南さんには謝らないと)



 彼らも根は真面目なのだろう。そうじゃなければ、自ら罪を告白して、わざわざ謝りには来ない。人には得意不得意や好き嫌いがあるので、風船を使った作業を嫌うというのも分からないでもない。



 そこにけちをつけるつもりはないし、口を挟むつもりもない。それでも、謝ってきた事に対しては、結愛も真剣な姿勢を見せるべきだろう。



 

「そんなの気にしなくていいわよ?私も悪い所はあったわけだし」

「で、でも…」

「悪いと思ってこうして謝ってきたのなら、それでいいじゃない」



 結愛の口調は、何故か廉斗の話し方と似ていた。それほどまでに、廉斗が結愛の中に大きな影響を与えたのだ。




「小南さん、改めてごめん。それと、ありがと」

「こちらこそありがと」



 彼らは深く頭を下げた後に、すぐに教室から出ていった。すでにクラスメイトのほとんどが結愛が文化祭の準備をしている空き教室に向かっていて、彼らもそこについていくようだった。




「………新城くん、貴方には感謝するわ」



 教室に残ったのは廉斗と結愛の2人だけとなり、彼は全て分かりきったような顔で、結愛を見つめていた。




「俺は感謝されるようなことしてないから。クラスの人々を動かしたのも、全部小南さんの力だし!」

「……貴方は言葉が上手いのね」

「俺はいつも本心で話してるから」

「へぇー、本心ね」


 

 こう言うのも何だが、自分の本心で話している人なんていないと思っている。いや思っていた。彼は今も真っ直ぐに本心で話していた。多少は内側と違いはあれど、彼は澄んだ心の持ち主だ。




「……私、本当に感謝してるのよ?」

「俺なんかで小南さんの何かが変わったのなら、それは良かったよ」



 結愛が心から感謝している事は、心が読めない彼には伝わらない。だけど、伝わっていなくても良いとも思った。相手の気持ちに従うだけが全てじゃないし、彼が結愛の心の中を読もうとする事が大事だと思ったから。




「ねぇ、ところでさ。何で新城くんは私の事を助けようと思ったの?」



 何で廉斗が結愛の状態に気づいて助言をしてくれたのか。これは、胸に浮かぶ感謝の気持ちよりもずっと気になっていた。



 文化祭の準備、クラス委員の仕事くらいしか接点なんてないので、特別親しいわけでもない。そんな彼が結愛の事を見抜いたのは何故なのか、凄く引っかかる。




「………俺は助けたつもりはないよ。ただ、昔の自分に似てたから声をかけただけ」

「昔の新城くんに?」

「そう」



 その言葉で納得がいったわけではないが、あえて納得する事にした。新城廉斗という人間にも似たような過去があり、似たような思いをした。そして結愛も、今後自分と同じような人間を見たら声を掛けるだろう。



 なので、彼が結愛に話しかけてくれた理由はもう聞かない。




「何、俺の事でも好きになった?」



 ずっと廉斗の顔を見て考え事をしていたからか、彼はおちゃらけた表情で結愛の方へと微笑む。



(可愛い、、)



 それでも瞳を合わせていれば、彼からそんな心の声が漏れ出ていた。




(あれ?私、耳赤い??)



 心を読める結愛にとって、こういうのには慣れていたはずだった。自分の顔に自信があるわけではないが、周りから言われているという事には気づいていた。



 聞きたくなくとも聞こえてくるので、不可抗力に近い。なのに、沸々と耳に熱が昇るのを感じて、その場にいられなくなるほど羞恥心が襲ってきた。




「べ、べーっ!新城くんなんて大っ嫌いよっ!」



 自身の熱が高まりすぎておかしくなったのか、普段なら絶対にしないし言わないような言葉を、大きく表現してしまった。



 でも同時に嬉しかった。彼なら許してくれそうだし、見てくれそうだったから。文化祭は結局何にもなかったけど、それ以上に大切な物を知れた。これが、結愛にとって最も記憶に残った文化祭の出来事だった。







「ここは……?」



 移動教室で気を失った結愛が目を開いたのは、真っ白な天井が視界に入る場所だった。体は横になっていて、毛布をかぶっている。



 察するに、結愛は眠っていた間に夢を見ていたようだ。今でも忘れられないくらいに一部始終を鮮明に覚えている夢を。




「あら、おはよう。やっと目を覚ましたのね」

「ここは、、保健室?」

「そうよ。貴方急に倒れたんですって」



 結愛が体を起こして辺りを見渡せば、保健室の先生が近くに寄って来てくれた。




「貴方、疲れが溜まってるから倒れたのよ。もう少し休んだりしなさいね」

「はい……」



 軽くお叱りを受けながらも、結愛はベットから降りるべく立ち上がる。




「………これは誰ですか?」



 ベットの横には椅子が置いてあり、そこには1人の見覚えのある男子生徒が座っていた。




「あ、彼がここまで運んでくれたのよ。後でお礼言っときなさいね」



 そこに座っていたのは廉斗で、もはや座るというよりも眠っていた。どうやらここまでは、廉斗が運んできてくれたようだった。本当につくつぐお人好しな人だ。



 彼がここに座った理由としては、保健室の先生が少し席を外さないといけなかったからだとか。それで戻ってきた時には、すでに寝ていたらしい。




「……すやすやと寝てるわね、」



 寝顔を丸出しにしている廉斗の頬をつつきながら、結愛は呟く。




(本当、可愛いのはどっちよ)



 廉斗に可愛いと言われた事を夢に見たのが原因か、結愛も同じような事をやり返してやった。この時は人の心を読めて良かったと、心から思った。そう思わせてくれたのは、全部廉斗のおかげだった。

 



「私は先に行くわね」



 今も保健室の椅子に眠っている廉斗を放って、結愛は口元をニヤつかせながら教室へと戻るのだった。






【あとがき】


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