44話・ラシオス対ローガン 8

 片手で軽々と木剣を振るうローガンに対し、ラシオスは両手で構えるのがやっとの状態。同じように息を切らせてはいるものの、基礎体力の差は明らか。決闘を見守る観客は、あと数回剣を合わせれば終わるだろうと思っていた。


 フィーリアは自分の貴賓席に戻らず、階下に降りて控えの間へと入っていた。ヴァインとカラバスが左右を固めている。ここにいた世話係もメラリアの部下であったが、既に警備兵によって連行された。


 控えの間から出れば闘技場である。

 貴賓席からでは分からなかった二人の王子の息遣いが感じられ、フィーリアは祈るように胸の前で手を組んだ。


 どちらの勝利を願っているのか、とヴァインは思う。この可憐な令嬢は、自分より遥かに身分が上の身内を見事に断罪してみせた。気高く凛々しい姿に、この方なら主人あるじの結婚相手に相応わしいのではないかと期待した。幾ら決闘で勝とうともフィーリアの気持ちが伴わねば意味がない。果たして長年婚約者だったラシオスと生まれ育った国を捨て、アイデルベルド王国に嫁いでくれるだろうか。


 観覧席から悲鳴とどよめきが聞こえた。

 ラシオスがまた片膝をついたのである。そろそろ力尽きるのか、と誰もが固唾を飲む。見るからに苦しそうにしているのに『参った』と言わない姿勢に、観客たちは胸を打たれていた。


 勝負はローガン優勢。

 だが、観客の心情はラシオスに傾いている。


 よろめく身体を奮い立たせ、再び立ち上がるラシオスの姿に一際大きな歓声がわいた。


「行くぞ、ラシオス殿!」

「……ッ」


 最早ラシオスには声を発する余裕すらない。

 一気にカタをつけるつもりでローガンが大きく木剣を振りかぶった。ラシオスは両手で持った木剣を重そうに地面に引き摺るようにしている。


 しかし、それまで鈍重な動きしか見せなかったラシオスが突然機敏に動いた。残りの気力を振り絞り、ローガンに向かって数歩距離を詰めたのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る