23話・密計の矢 1

 突然片膝をついたラシオスに、ローガンは思わず後ずさった。決闘開始から僅か数分、大した攻撃はしていない。幾らラシオスが細身であろうと体力切れには早過ぎる。

 この機に勝負をつけることも出来るが、ローガンは正々堂々と勝ちたいのだ。ラシオスが立ち上がるまで距離を置いて様子を見る。


「──来ますよ、カラバス殿」


 闘技場の片隅、壁際に控えていたヴァインが顔を上げた。釣られて彼と同じほうを見ると、観覧席の中ほどに何やらキラリと光るものがあった。背筋に冷たいものを感じ、カラバスはすぐさま壁際に沿って駆け出した。


 観客の注意はラシオスとローガンに集中している。従者がひとり動いても誰も気には留めていない。

 だが、闘技場内にいる者は別だ。闘技場の四隅に配された副審の一人が立ち塞がり、進路を妨害した。カラバスは構わず突っ込み、鳩尾みぞおちに思い切り肘打ちを喰らわせて副審を昏倒させる。そして、とある地点で足を止め、自分の背丈の倍はある闘技場の壁によじ登った。ここでようやく観客たちがカラバスの動きに気付いた。


 警備兵たちが群がるが、相手は王子の従者で不審者ではない。「何事ですか」と聞かれ、カラバスは一番近くにいた警備兵から小さな丸盾を借りて真上に投げた。


 カンッ


 飛ばした盾に何か小さなものが弾かれる音がした。警備兵たちの頭の上に落ちてきたのは折れた弓矢。盾は再びカラバスの元へ戻った。


 何のパフォーマンスだ?と観覧席がざわめく。第一試合から第三試合まで普通の戦いではなかったため、一般の観客は今日の決闘は祝いのための催しのひとつと思い込んでいたことが幸いした。誰も席を立たず、不必要に騒ぎ立てたりもしない。


 振り返れば、ヴァインは先ほどと同じ位置に立ったまま小さく頷き、そして別の場所に顔を向けた。そちらにもキラリと光る何かが見える。今いる場所からでは対処が間に合わない、とカラバスは焦った。

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