7話・グナトゥス対シヴァ 3

 木剣を捨て、邪魔な防具を外し、グナトゥスは両の拳を握って構えた。それを見て、シヴァも木剣を放り投げた。片足を斜め後方に下げ、腰を落とし、利き手を前に掲げている。


 闘技場を見下ろす観客たちは二人が武器を捨てたことに驚き、どよめいている。審判役も困惑している。『剣先が当たれば勝ち』という判定基準が使えないからだ。


 そもそも、他国から招かれた賓客は数日後に開かれる第一王子の結婚式に参加するために集まっているのだ。大事な式典を前に大怪我を負わせるわけにはいかない。体術での戦いで『拳を当てたら勝ち』とするには無理がある。『先に急所に一撃入れたほうが勝ち』と規定が急遽決められた。


 その間にも二人は幾度も拳を交えていた。

 グナトゥスは初老とは思えぬ俊敏な動きで攻撃を遇らい、シヴァはとにかく攻撃回数を増やしている。倒す必要はない。胸や腹に一撃入れれば済む。観客からは、グナトゥスが防戦一方で押されているように見えるだろう。


「くそ、これもかわすのか!」


 シヴァは目の前の老人が只者ではないと知っている。だから開始直後から本気で倒すつもりで攻撃を仕掛けている。


 闘技場の壁際まで追い詰め、蹴りを繰り出す。背後に逃げ場はない。真っ向から反撃、または左右にかわされても即座に対処出来るよう拳は空けている。

 しかし、その予測は全て外れた。


 後ろ手に闘技場の壁を掴み、地面を蹴って、まるで軽業師のようにグナトゥスは真上に跳躍した。くるりと空中で身を翻し、軽々とシヴァの頭の上を飛び越えていく。

 一瞬姿を見失ったシヴァが振り返ると、眼前に人差し指を突き付けられた。節くれだった太い指は眉間に触れるか触れないかの位置で止まっている。シヴァの背に冷たい汗が流れた。


「…………参った」


 シヴァが弱かったわけではない。

 グナトゥスが強過ぎたのだ。


 潔く負けを認めた戦士に、場内から惜しみない歓声が送られた。

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