E-3

 7月のとある平日の午後。消毒液と獣臭さが混じった匂いがする動物病院の待合室で、青年と白と茶の毛並みの犬は、自分たちが受付に呼ばれるのを待っていた。

 西公園に近いその動物病院の待合室は、いつも注射や触診に怯える動物たちと、その飼い主たちで溢れている。しかし今日は奇跡的に、待合室には青年と白と茶の犬――カフカと名付けられた犬以外は誰もいなかった。


「だから、一生かけて償うことにしたんだ。街を変えたいことと、この『贖罪』は別だから」


 青年は動物病院の、清潔さを連想させる白い壁を見つめながら、カフカに語り掛ける。他の犬であれば病院にいることで怯え暴れることも珍しくはないが、カフカは診察から現在までずっと落ち着いており、とてもいい子だった。


「君の仲間の命を奪ったことについて何が償いになるか、俺が死ぬまで償い方を探すよ」


 カフカは物言わず、青年の顔に目を向け話を聞く。犬には5歳児並みの知能があるという。もしかしたら、半分くらいは青年の話を理解できているかもしれない。


「まずは君の面倒を、君が天寿を全うするまで責任を持ってみるつもりだ。君は製作所の犬だけど、餌代や病院代は俺に出させてと、けい子叔母さんに頼んだんだ。製作所が潰れて叔母さんの家で飼えなくなったとしても、君のことは守るよ」


 カフカは鼻を鳴らす。肯定か、それとも足りないという否定か。その意思を確認する術はない。だがそれでいい。どんな贖罪にも平易な道はないのだから。


「改めて、これからよろしく」


 青年がカフカの頭を撫でる。青年が語り終えた直後、本日の会計のため青年は受付に呼ばれた。今回の通院でひとまず必要な予防接種が終わったこと、来年は狂犬病の予防接種を集団接種で受けるよう説明をされ、本日の会計を済ませる。

 青年は受付の女性に頭を下げ、カフカの首輪にリードがしっかり繋がっていることを確認すると、カフカと共に動物病院の外に出る。


 夏の日差しが、青年と犬を照らす。仙台の街は木々の緑に覆われ、まさに『杜の都』の名にふさわしい景色が広がっていた。

 爽やかな、まだ始まったばかりの夏の風が青年と犬を撫でる。

 風に背中を押されるように、一人と一匹は歩き始めた。

 少しづつ変わっていく街を、ゆっくりと、一歩ずつ確かに。


【フェイスマン Sinner Of Sendai 完 】

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フェイスマン Sinner Of Sendai 習合異式 @hive_mind_kp

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