5-14


 20秒前。遠藤はオフィスビルの非常階段を駆け上がり、通報管制コールセンターのある11階にたどり着いた。到着した瞬間に銃声が鳴る。思わず身をかがめるが、自分が撃たれたわけではないことを確認すると、メインフロアの方へ足音を立てぬよう移動する。響いた銃声に相棒の無事をひたすら願った。


(無事でいてくれ荒谷……!)


 遠藤は通報管理コールセンターのメインフロア入り口から顔を覗かせ、メインフロアの様子を見る。フロアの中央で拳銃の再装填を終え、仲間を助け起こそうとする犬のマスクを被った立てこもり犯が見えた。近くには撃たれて死亡したのか、あおむけに倒れているフェイスマンと、彼を起こそうとする女子高生の姿もある。

 遠藤が見た限り、無事に動ける立てこもり犯は犬マスク一人のようで、後は全員床に倒れ、意識を失っているか、うめき声を上げているだけだった。動くなら今しかない。遠藤は入り口から身を乗り出し、拳銃を犬マスクに向けた。


「動くな! 武器を捨て、その男から直ちに離れろ!」


 警告はする。が、犬マスクに従う素振りはない。遠藤に向け右手に持った拳銃を向ける。

 威嚇射撃の余裕はない。遠藤は躊躇なく引き金を引く。彼らの持つ拳銃と違い、市警に正式採用された正規品の拳銃の弾丸は、正確な直線を描いて粗製拳銃の握られていた犬マスクの右手を貫き破壊する。


「床に腹ばいになれ!」


 遠藤は体勢を崩した犬マスクに近づく。片手が使えない犬マスクは銃弾の再装填ができないはずだ。この隙に――他の立てこもり犯が起きる前に無力化しなければならなかった。

 しかし遠藤は目を見開いた。恐らく仲間の手元から回収したのだろう、犬マスクの左手にも拳銃が握られていたのだ。近づいた遠藤の頭部に狙いをつけている。


 まずい。


 遠藤の脳が銃を向けられた危険を察知し、アドレナリンが大量に分泌される。ゾーンに入ったスポーツ選手のように、周りの風景がスローモーションになる。打開の策はないか、遠藤の脳細胞がフル動員された。

 しかし何故か思い浮かべたのは、子供の頃の思い出だった。

 親に隠れて夜更かしして見た、深夜放送のホラー映画。白いマスクに作業着姿の不気味な殺人鬼が、何度も主人公の女子高生に殺されても蘇り、起き上がって主人公に襲い掛かるという恐怖シーン。

 なんでこんなものを。自分の脳みその呑気さに、死の直前というのに失笑が漏れそうになる。しかし遠藤は次第にそれが走馬灯や回想ではなく、目の前で起きている現実だということに気がついた。


 倒れていたフェイスマンが、まるでホラー映画の殺人鬼のように体を起こし、遠藤を撃ち殺そうとする犬マスクへ飛び掛かる。

 右手の痛みと、遠藤に気を取られていた犬マスクは、その急襲に反応できずフェイスマンに押し倒された。犬マスクは拳銃でフェイスマンを撃ち殺そうとするが、その左腕は肘関節部を折られ、機能しなくなった。


「お前を裁き、この街を変えてやる」


 馬乗りになったフェイスマンは、痛みで吠える犬マスクの顔を殴りつけた後、そのマスクを剥いだ。そこには平凡で特徴のない、しかし怯え切った男性の顔があった。


「罪深い、素顔を晒せ」


 再度フェイスマンの拳が男の鼻面に直撃する。犬のマスクをかぶっていた男の鼻の骨が砕ける。


「しっかり見据えろ、罪に怯えた自分の顔を」


 フェイスマンのヘルメットに、男の顔が映された。怯え切った罪人の顔。見ることを拒否しようと男は顔を背けるが、フェイスマンは男の顔を左手で床に押し付け、目を逸らさせない。この男が二度と罪を犯せないように、自分の罪と恐怖に向き合わせるために、男の顔を奪う。


「これがお前の罪だ。一生忘れるな」


 フェイスマンは渾身の力で男の顔を殴りつける。床にしっかりと押さえつけられた頭は衝撃をどこにも逃がせず、そのショックを全て痛みとして受け止めた。男が意識を手放すには十分な打撃だった。

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