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「はい、ここが今日の案内の終点。仙台署の通報管制コールセンターっす」


 6月16日14時。荒谷は10名ほどの高校生のグループを引率していた。

 荒谷と社会科見学に来た高校生たちがいるのは、仙台駅東口にあるオフィスビルの11階。勾当台公園近くにある仙台署とは離れた場所にある、仙台署の管制室だった。駅に併設されたホテルの隣に位置するオフィスビルは、かつてライブハウスがあった場所だが、当時の様子を鮮明に覚えている人間は今は多くない。かつてモッシュが行われ、ビールが床にこぼれていたそこは、今や大量のデスクと電話機が並べられ、100人近い人員が詰める事務的な場所となっていた。


「ここにいるオペレーターの皆さんは警察官ではなく、雇用契約を結んだ一般の方々っす」


 雇用契約と言えば聞こえがいいが、その実態は各派遣会社から雇用された派遣社員がオペレーターとして安く使われているというものだ。あくまでも外注の人員のため服務規程は適用されず、全員ラフな服装なので警察の中枢部という印象はない。そもそも、こんなプライバシーが守られるべきところに民間人を配置し、さらに見学客まで招くのが間違いなのだが、それを止める者がいないくらい市警は機能不全に陥っていたし、派遣会社へのアウトソーシングに依存しなければ、現体制の維持すらままならない有様だった。


「ここの人たち、給料安いってネットの求人で見ましたよ」


 グループの中の男子高校生からの、決して間違いではない質問に、荒谷は接客用の笑みを崩しそうになる。


「給与体制に議論が起こっているのは事実っすけど、ここは仙台市警の中枢っす。ある意味ではこの人たちが私たち刑事を動かしてることになるので、やりがいは半端ないっすよ」


 そんなこと自分に言われてもどうしようもない。彼らの給料を上げるなら、自分の給料も上げて欲しいくらいだという叫びを作り笑顔の下に隠す。


「やりがいで、うちのお祖母ちゃんの通帳をバッグごとひったくった犯人は捕まえられましたか」


 今度は別の、女子生徒からの投げかけだった。眼鏡をかけた真面目そうな子だ。激高する犯罪者ならともかく、淡々と言われる批判はかわすことが難しい。


「あはは、自分課が違うのでなんとも言えないっすけど『あんぜん課』あたりに聞いてみるっすよ……」

「というか、フェイスマンが犯罪者ボコってんなら、お姉さんたちいらなくないっすか?」


 今度はチャラチャラした男子生徒からだ。他の何人かも彼のふざけた質問に連られクスクスと笑う。荒谷はここ数日、顔を合わせていない先輩刑事の遠藤の顔を思い浮かべた。


(パイセン、今パイセンの気持ちがよく分かりましたよ)


 基盤がガタガタの現在の市警は、高校生にすら嘗められる。こんな状態、現場の警察官にとって良い環境であるはずがない。仕事に対し皆投げやりになる。抜本的に現状を改善しない限り、治安は悪化し続けるだろう。今の荒谷には、組織の変革を望む遠藤の気持ちを完全に理解した、とまでは言わないまでも近い場所にいると感じられた。


「じゃ、じゃあ、フェイスマンが捕まえた人の通報もここに来ますか?」


 今までとは若干毛色の違った質問だった。今までの話題を完全に無視したものではないが、話の流れは大きく変わる。

 質問を発したのは茶髪の女子生徒だった。自分の髪をよく染める荒谷は、その髪色が染髪されたものではなく、生まれつき色素が薄いためのものだろうと推測した。同時に話題を変えてくれたことへの感謝と、地毛証明が大変そうだという思いを抱く。


「その通報もこのコールセンターで受けるっす」


 荒谷は努めて平静でいようと心掛けた。


「やつは犯罪者っす。でもそれとは別に、やつに捕縛されたやつが街で悪いことをしてたら、もちろん対応するっす」


 苛立たしい高校生たちや、自分の指を折ったクソ野郎への怒りはすべて無視した。


「確かに、現状対応しきれていない案件があるのは事実っす」


 思い浮かべるのは、またしても遠藤の顔だ。変革を求める遠藤はどんなときだって弱気なところを見せていない。いや、フェイスマンの考えが分からない、とか言って落ち込んでたっけと余計なノイズが走ったが、これも無視することにした。


「でも、改革をすべく動いてる人たちもいるっす。私の先輩刑事も毎日、皆が安心して暮らせるよう奔走してるっす」


 今でもポンさんは苦情の電話を受けているのだろうかと、高校生たちに語り掛けながらベテランの刑事の心労を案じる。


「きっとみんなが自分と同じくらいの年になるまでには、市警もよくなってると思うっす、だからどうか時間もらいたいっす」


 高校生たちの反応は冷ややかだった。茶化してくれれば良いものの、沈黙で返されるとそれはそれで傷ついた。おまけに通報を向けるオペレーターの何人かも冷たい視線を浴びせてくる。彼らにとって、荒谷は仕事を受けない、逆に自分たちに厄介な仕事を押し付けようとする悪質な現場の人間に過ぎない。


「と、まぁ私の信条は置いておいて、施設の詳しい案内をするっすね……」


 演説ぶったことを後悔しながら、管制コールセンターの奥へ高校生たちを誘導する。彼らがのろのろ移動し始めていた、その時だった。

 フロアに2基あるエレベーターが二つとも、管制コールセンターに到着したことを知らせるベル音が鳴った。後発のグループが追いついたのかと荒谷がエレベーターに視線を向ける。

 エレベーターの中にいたのは異形の頭を持つ人間たちだった。全員がディスカウントショップで買ったであろう、ホラー映画のキャラクターや動物のマスクをかぶっている。素顔を隠した彼らは一様に、荒谷には見覚えのあるものを持っていた。

 それは荒谷がおよそ一ヶ月前にスケッチを起こしたものと同じ形をした、手製の拳銃だった。


 逃げて、もしくは伏せてと荒谷は口を開こうとする。が、それよりも早く、彼らの持つ拳銃の内の一つが荒谷たちに向けられる。その銃口は、社会科見学に嫌気がさしていて、なるべく早く帰りたいという気持ちの表れかエレベーターの一番近くにいた生徒に狙いを定める。

 銃口を向けられた、荒谷に応えにくい質問をしたチャラついた生徒は、現実離れした状況に何の反応も出来ないでいた。


 その場にいた全員の時間がスローモーションになる。だがそれも、パンッという拳銃の発砲音で無情に打ち破られた。

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