4-5


「金を貸してほしい」


 アメリアの工房のドアをくぐると、礼人は開口一番アメリアにそう告げた。


「一応聞くけどなんで」


 アメリアはドレスのデザインをしていたのか、作業台の前でスケッチブックに書き込みをしている。不機嫌そうに手を止め、椅子に座ったまま礼人を見上げる。今日の彼女も黒基調のドレスを着ていて、相変わらずアンティーク人形のような印象を礼人に与えた。


「アキモノを無力化する。装備の更新が必要だが金がない」

「いいわ、いくら?」


 あまりの即断即決に、礼人は耳を疑った。


「判断が早すぎないか?」

「あのクソ野郎をボコボコにしてくれるなら、早い方がいいから」


 アメリアは手近に置いていた自身のバッグから財布を取り出そうとしたが、礼人が手で制した。


「他にもある」


 アメリアが怪訝そうな表情で礼人を見る。


「お前の時間がほしい。具体的に言えば奴の動画を手分けして見てほしい」

「マジで言ってる? あんなゲロみたいな動画を何本も見ろって?」


 アメリアは嫌悪で顔を歪ませる。


「あと装備の作成も手伝ってくれ。俺一人じゃ手が足りない」

「もうこっちの返事も聞かなくなってきたわね」


 アメリアはひとつ大きくため息をつくと、椅子ごと礼人の方へ向き直り、足を組む。ドレス同様、黒基調で金の金具で彩られたパンプスが目に留まる。


「つまりあんたは、一回助けてもらっただけでよく知らないあたしに、資金の供与と、情報収集と、武器の製造に加担しろって言ってんの?」


 言葉こそ不満げに聞こえるが、アメリアは不敵に、この状況が面白いと言わんばかりに笑っていた。


「その通りだ」


 礼人は座るアメリアの前で片膝をつく。


「俺の『共犯者』になってくれ」


 礼人はアメリアをまっすぐ見つめ、片手を差し出す。礼人は認めるしかなかった。一人ではこの街の全てとは戦えない。共に戦う、度胸のある共犯者が今の礼人には必要だった。この街でそれを担えるのは、危険を冒してフェイスマンを助けようとしたアメリア以外には考えられなかった。 


「この街で戦うために、今お前の力が必要だ」

「はは……あっはっはっはっは!」


 アメリアは笑い出し、何度か膝を叩くと差し出された礼人の手を取り、引っ張り上げる。

 二人の顔が近づく。もう少しで唇が触れてしまうのではというほどの距離だった。


「いいわ! 面白いからなったげる!」


 ロマンチックな恋愛映画のワンシーンのように、彼女は握った礼人の手を自分の胸元に寄せる。


「代わりにがっかりさせないでよね! 負けたりしたら承知しないから!」


 礼人は静かにうなずいた。かつて十字架を背負った男は、刑場への道の途中、旅の男に手伝ってもらいそれを運んだ。『贖罪』が自分のやるべきことなら、生きてていいという理由ならば、もうなりふりは構ってられないのだ。



 数時間後。


「もう嫌になってきたんだけど」


 アメリアはアキモノの動画を再生し続けるタブレットから目を背けたくなっていた。興味のない、かつ不快なものを見続ける影響は、アメリアの想像以上だった。


「これいつまで続けるわけ?」


 アメリアの後ろで作業をする礼人は、壊れたヘルメットを見たままで彼女の方を見ていない。


「奴の隙を見つけるまで続けてくれ」


 アキモノほどの動画配信者であれば、PVを稼ぐためにかなりの数の動画を投稿している。本人にその気はなくても、地域密着型の投稿者であれば移動、行動パターンは限られる。本人が隙を見せなくても『取り巻き』が見せる可能性がある。


「細かいところまで、よく観察してくれ。デザイナーであれば得意だろう」

「はいはい、分かりましたよ。あんたのほうは?」


 ヘルメットはとりあえず顔を隠し、外が見れるように修繕は可能だ。ただし、相手の顔を写す機構は使えない。替えの液晶がすぐには手に入らないからだ。だが今回はそれでいい。相手は自分の顔を見慣れすぎている。自身の顔を見せられたところで、動画編集の延長にしか感じないだろう。


「戦えるところまでは持っていく。でも今回はそれだけじゃ足りない」


 恐怖を与える手段は一つではない。礼人が準備した『素材』は、アキモノに新しい恐怖を与えるためのものだった。動画視聴に飽きたアメリアは、礼人が借りた金で買ってきた『素材』をのぞき込む。


「ガスマスクとゴーグルと、砂糖と洗剤と……」


 何をするのか、アメリアもすぐに合点がいく。ガスマスクを楽しそうにコツコツと指で突く。


「奴らがしてきたことを、やりかえそうってわけね」


 悪戯っぽく向けられた笑みに礼人は頷き返す。


「相手は複数だ。力だけじゃ勝てない」


 であれば策を巡らせるしかない。卑怯な手を使うが、それで構わない。礼人はここで止まるわけにはいかなかった。


「でもこれだけじゃ足りないわ。全っ然っ足りないわ」


 アメリアはその場を離れ、工房に置いてある冷蔵庫から真っ赤な容器を持ってきた。礼人が使っている作業台の上に座ると、容器を差し出す。その動きはどこか蠱惑的でもあった。


「どうせなら、しっかりと泣かせてきなさいよ」


 彼女のつけている香水がかすかに鼻腔をくすぐる。彼女がやらせようとしていることを思えば、嗅ぎなれない香水の匂いが鼻につくことくらい、はるかにマシに違いなかった。

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