7(完)

「……指揮官?」

 友香を庇うように立つその背に呼びかける。

「悪い、居場所の特定に手間取った」

 左手に蒼く光る剣――青嵐剣を構えたアレクが言った。普段と変わらない、落ち着いたその声に、友香はほっと息を吐く。

 そこに、別の声が響いた。

師父マィスティル、やり過ぎです!」

 急に聞こえたその声に、友香は驚いてアレクの後ろから前方を窺った。

 いつの間に現れたのだろうか。男の前にもまた、新たな人影が立っている――ただしこちらは、男を押しとどめるように、こちらに背を向けて。

「人となりを見るだけって約束したでしょう!」

 変声期の終わりきっていない少年の声が響く。

「だから、私は何もしていないじゃないか」

 自分の身長の半分ほどしかない少年に向かって、男が言った。

「あんなに怖がらせるなんて聞いてません!」

「ああそれは興が乗ってしまったのだから仕方あるまい。良い反応をしてくれるんだよ、あのお嬢さんは」

「マィスティル!」

 悪びれない口調に、少年が語気を荒くする。そんな親子喧嘩――いや、どうやら師弟喧嘩だろうか――を、友香は唖然とした面持ちで眺めた。先程までの緊迫感は一体どこにいってしまったのか。

 男が不意に視線をこちらに向けた。その動きに、さっとアレクが剣を構える。だがそんな様子すら楽しげに眺め、男は笑った。

「折角、当代の『ランブル』当主までお出ましというのに、残念ながら迎えが来てしまった」

 そう言って、上体を軽く屈める。

「また日を改めて、今度はゆっくりとお会いしよう」

 優雅な会釈を残し、男はくるりと踵を返した。ゆったりとした歩調で歩き出すのと同時に、こちらに背を向けていた少年がくるりと友香を振り返る。

「主が大変失礼致しました。このお詫びはいずれ必ず」

 こちらは深々と頭を下げて丁寧な礼をすると、少年は主と呼んだ男の後を追うようにパタパタと駆けていく。やがて、下の方から空間が開く気配がして、辺りはしんと静まりかえった。

「……………………」

 ほう、と息を吐く。アレクもまた緊張を解いて友香を振り返った。

「大丈夫か?」

「…………疲れた」

 安心した途端、足の力が抜ける。ふらりと揺れた身体をアレクは受け止めた。


 *


 司令部に戻り、ひとしきり事情の説明を済ませると、友香は深く嘆息した。

「結局、何だったのかしら……」

 安全な場所に戻ってきたという安堵からか、全身がぐったりと重い。行儀が悪いと思いつつ、ソファに全身を預けるようにして沈み込む。

「お前の話を聞く限り、睦月が目的ではなかったようだけどな」

「うん、何か……友香さんに絡みにいった感じだよね」

 頷くのは、向かいに腰を下ろした睦月だ。

「まさかぁ」

「いや、それ以外ねぇだろうよ」

 事態から目を逸らそうとする一同に横合いから口を挟んだのは、影だった。

「……おまえ、よくもまああんなの相手に逃げ切ったな」

「知ってるのか?」

 相手を知っていそうなその台詞に、アレクは自身に瓜二つの守護者を振り返る。どこからともなく室内に現れていた影は、苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべ、肩を竦めた。

「……ありゃぁ、クレイだ」

 見た目こそアレクとそっくりだが、歴代指揮官の守護者を務めてきた影は見た目以上に多くのことをよく知っている。口にするのも嫌だといった風情で紡がれたその名に、友香は驚愕に息を呑んだ。隣で、アレクもまた目を瞠る。

「……クレイ? まさか……ユージーン・クレイか?」

「他にいねえだろ、あんな怖ぇおっさん」

「…………実在したのね」

 茫然と呟いて、友香は息を吐いた。男が現れた時から感じていた空々しいまでの強さへの恐怖が、その名を聞けば納得に変わる。唯一、その名を知らない睦月だけがきょとんと首を傾げた。

 ユージーン・クレイ。「シュヴェルト」の通り名を持つその男は、その名を知らぬ者などいない伝説の「悪鬼」だ。バルドの時代から生き続けているといわれ――もはや実在すら疑われる程の存在。

「……よく無事だったな」

 つい先刻の守護者と同じ意味の言葉を、アレクが呟く。

「私もそう思う」

 改めて、ぞわりとした恐怖が背筋を駆け上がり、友香は両手で自分の上腕をかき抱いた。男と少年のやりとりが事実なら、相手には本気で自分を追い詰めるつもりはなかったのだろう。そうでなければ、おそらく最初に気配を感じた屋上の時点で友香の命はなかったはずだ。きっと最期の瞬間まで何一つ友香に気取らせず、その命を刈り取ることも、あの男ならできる。

 今日の出来事は、本当に彼にとっては「遊び」だったのだろう。それはそれで恐ろしいことこの上ない。

「……また日を改めてとか、言ってたよね」

「……言うな、忘れろ」

「気に入られたな、不憫な奴」

「なんでよ……意味が分からない」

 あんな恐ろしい相手には二度と会いたくない。だが、あの男は決して別れ際の言葉を違えないだろうという妙な確信に、友香は頭を抱えて唸った。





――――――

 実はクレイさんサイドのおまけもあるんですが、今アップするか、本編がもう少し進んでからにするか悩んでおります。

多少先のネタバレ(そこまで問題はない程度の情報がさらっと出てくるだけ)があるもので。

 読みたい方が多ければアップしますので、ハートかコメントでお伝えくださいませ。

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命の灯 à la carte きょお @Deep_Blue-plus-

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