第3話【薙刀の師範 苑城円胤】

方眼ほうがんちゃん。次の召還手伝ってくんないかな」俺が頼むと露骨に嫌な顔をする。それもただ嫌そうな顔じゃなくどこか見下したような嫌な顔を無遠慮に見せてくる。軍人の幹部ってそんなに偉いのか? だいいちアンタは軍人じゃねーんだ。今は単なる候補生だろうによ。そう、単なる候補。


 ただこの男がイケメンであるのは動かしようがない事実だ。ここはなんとか懐柔しとかないと俺の遠大な目的が達成できない。


「どんな感じで方眼ちゃんを召還したのか、今から見られるんだけどな〜」と俺が言うと候補は渋々と動き始めた。

「いったいどんな怪しげな術を使ったか、それをこの目で見たいだけだ」そう返答された。


 グランドピアノが〝でん〟と置かれた兼シアタールーム。ソファーなどを隅に移動して造った空間にA4コピー用紙に分割印刷した召還円を並べていく。これが召還の下準備。候補を召還したときに部屋中コピー用紙が舞ってしまったため再召還のためには最初から並べ直さなくてはならない。これがまったくパズルのようで時間を浪費してしまう。

 もっともそこに抜かりはなくA4コピー用紙の裏面に番号を振ってあり順番通りに並べた後で一枚ずつひっくり返せばいいだけだ。じき165枚もの紙をようやく並べ終えた。


「次はどんな者を呼ぶという?」候補が偉そうに訊いてきた。

「そりゃもちイケメンで戦える奴」

 しかし候補は呆れたような顔をしたまま返事もよこさない。


 そう言や〝戦う〟って言っても最初は漠然としたイメージだけだったよな。確かに軍人の候補は戦う事を目的にしているけど基本お勉強中の人で手には得物を持ってない。そういうのあった方が〝映え〟がいいのか? まあいい。今度はそっちの方向性でやってみるか。

 俺は目を閉じる。〝そういうの〟のイメージを頭の中で形にしていきそれがハッキリしたところで詠唱を始める。


「拝啓、異能なイケメンの皆さん、私は一超イケメンです。さて、方々、きっとこの召還に面食らうことでしょうが貴男は応じるべきです。なぜならば、我々はイケメンでありしかも異能の持ち主。これをどう人生に生かすか、イケメンである者の本音がこの召還によって明らかになるからです」


「自分はそういういかにも頭の悪そうな文言で呼び出されたのか?」候補がなんとも棒読み的にことばを発した。

「そうだよ」と言っている傍からA4コピー用紙がぶああーっと部屋中を舞いだした。

「ぬっ! なんだこれはーっ⁉」と叫ぶ候補。

 召還した時の狼狽っぷりと言い、軍人になろうってのに平常心が足りてねーんじゃねーの? とさりげなく内心でチクリ。



「うわああああああああああっっ!」という雄叫びと共に——

 姿を現したのは——僧兵だった……


 候補は何処の大日本帝国から召還したのか髪型はツーブロックだった。どう考えても異世界の大日本帝国としか言い様がないが俺的には超オッケー!

 だが今度召還したのは……何処からどう見てもバリバリの僧兵。確かに顔はイケメンだ。学僧的なインテリ感がありながらガタイが良い。上背も三人の中で一番あるだろう。俺が呼んだだけの事はある。しかし、髪が、髪が無い。ツルツルじゃねえか——


「貴殿、どこの僧兵か? 延暦寺か? 興福寺か?」候補が真っ先に突っ込んだ。異世界の日本、いや大日本帝国にも同じ名前の寺があるんだな。しかし思うところが同じとは……ま、そらそうか。なにせ薙刀持ってるんだからな。坊主頭が薙刀持ってしかも着てる服も白と黒のヤツとくれば——

 だが候補のツッコミで僧兵の顔つきが最初の印象とは変わっていた。

「どう見たらこの私が僧兵に見えるのか⁉ 私は薙刀の師範だ!」凄みをきかせそう言った。


 俺もツッコミたいが、どこからどうツッコンだらいい? 取り敢えずもの凄く本物の僧兵ぽかった。


「貴様が呼んだのだろう。貴様に任せる」候補がもう投げてきた。

 いいよ。元から頼んでねーから。

「さっそくだけど僕の名は鳳生神酒三郎ほうしょうみきさぶろう。イケメン同士、共に戦うために此処へ呼んだ。戦う相手はこの世のあらゆる不正義だ」

「なるほど」

「ちょっと待て!」

 さっき投げたばかりの候補が介入してきた。もう戻って来る?

「貴殿、『いけめん』とかいう気味の悪い日本語をどう思ってる?」候補が僧兵に尋問を始めた。

「悪くはない」

 どこからどう見ても僧兵なのに平安時代とか戦国時代から来たわけじゃないのが確定か。チラと候補を見ると顔が引きつっていた。う〜ん思いっきり笑いたい!

「だけどさ、その頭どうにかならない? ツルツルじゃない」と俺は改善点を指摘する。

 そう言った途端に一瞬で僧兵の顔つきが変わった。

「それは〝毛が無い〟という意味だ。ここをよっく見ろ!」と僧兵はおでこの一番上を指さす。

 ええ〜、と思いながらそこを見れば、ソコを境に上は青々としている。

 僧兵は喋り出した。

「剃っているだけで髪が無いわけではない」

 そーゆーことなら伸ばせよ、と思うが突っ込む気力が失せた。

「ところでお主は何者か?」今度は僧兵の番だった。薙刀を候補に向け構えている。

 ヲイヲイヲイヲイ! 仲間内で争うなよ、って仲間意識ゼロか。当然の如く候補はムッとした顔をしていた。

「言っておくが自分の立場は貴殿と同じ。この鳳生とやらの一味ではない!」

「ちょっとちょっと方眼ちゃん、それはないでしょ」

「そんな事より貴様はこの僧兵の名前くらい訊くべきだろう」

 またまた僧兵の顔つきが。

「僧兵ではない! 薙刀の師範だ!」

 同じコト繰り返すなよ。名前が何だか分からないから僧兵にされるんだよ。

「えーと、名前教えてくれる?」と訊いた。

「苑城円胤(おんじょう・えんいん)」僧兵は名乗った。

 なんとまー、大業な名前。っていうか僧兵の名前って言われても全然違和感無いんだけど。

「じゃあ苑城ちゃん。なぜ君が選ばれ召還されたか解る?」

「イケメンだからだろう」

 う〜ん、なんとも言い切ってしまうこの感覚——

「それもある。だが、元の世界に執着しなければならないモノが無い者、そういう者ほど召還されやすい」

「そうか、そういう事だったか……」僧兵は悟ったように言った。


 そう、俺の集めるイケメンはイケメンなのに不遇だったりするのである。ちなみに候補はその『幼年学校』とやらの中では脳筋の部類で身体を動かすのは得意だが学業はムニャムニャで早くも将官コースに黄信号。俺が『そうかー、将官になれそうもなくて召還されたのか〜』とギャグを言ってみたらかなり激昂された。


「で、元の世界ではどうだったの? 師範なのに弟子が一人もいないとか?」と訊いてみる。

 またまたまた僧兵の顔が一瞬で変わった。

「お前、何を見てきたように!」

 なに? キレやすいタイプ⁉

「でも召還した者としては悩みくらいは聞いとかないと」

 そう言うと僧兵の顔は元に戻った。

「女の弟子が一人も来ない」

 ヲイヲイヲイヲイ!

「でも男はいるんだろ?」

 武術を習う女ってのもいないだろうとそう思ったから。しかし僧兵は居住まいを正し、

「薙刀は女のたしなむ武術だ。男はやらぬ」

 ホントウカよ! 上手いこと言って男の排除じゃねーの? と思ったが口に出せるわけがねー。

「私は女に避けられているのだろうか……」

 だったら毛を伸ばせよ。と思ったが口に出せるわけがねー。

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