第11話 入学準備とオリバーのやる気スイッチ

 ネビットすらも倒せずに帰ってきた俺は、それからはダンジョンに行くのをやめていた。

 シュルツが作る氷の塊を蹴り砕く練習は毎日していたし、筋トレも欠かさなかったけど。


 エヴァンスは毎日ダンジョンに出掛けて行っては、売れる魔物を仕留めてお金にしていた。

 そのお金で俺たちの分も含めて必要な教科書とかを買うつもりらしく、何もしないのが申し訳なさすぎたので解体を手伝うことにした。


 血抜きはダンジョン内で終わっているとはいえ、生きていた姿のままのものを解体していくのはかなりキツかったけど、自分達が食べている肉も同じ工程を経ているのだと思うと頑張れた。


 魔術学院というくらいだから制服があるのかと思っていたが、そんなことはないらしい。

 みんな好きな格好をして通っているそうだ。

 だから最初にかかるのは教科書代だけ。

 俺たちの村では紙も本も貴重品だったけど、王都には本屋さんも紙屋さんも普通にあった。

 ただ、学生に必要なものの値段だけかなり安く設定されていて、そうでないものに関してはとてつもなく高かった。

 だから、たくさんの本を持っているのはお金持ちだけなんだそうだ。

 庶民にとっては貴重品らしい。


 俺たちは教科書を買いに本屋さんにやってきていた。

 オリバーは相変わらず家で寝ている。

 太陽が出ているうちは木の上で寝て、太陽が傾くと部屋に戻って寝ている。

 どうやったらやる気を出してもらえるか考えてるけど、まだ何も思い付いていないのだった。


「おや、エヴァンスお前ついに入学かい」


 本屋のおばちゃんはやっぱりエヴァンスと顔見知りらしく、入店してきた彼を見て嬉しそうに言った。


「おう。教科書一式頼むぜ。俺入れて五人分」

「友達まで出来たの! よかったねぇ」

「うるさいな、いいからくれって」

「はいはい」


 おばちゃんが教科書を用意してくれている間、俺は本屋さんの中を見て回ることにした。

 みんなも思い思いに店内を見ているようだ。


「あ、これ木属性の魔法使いの話だ」


 本棚から取り出してみると、表紙には一人の魔法使いの絵が描かれていた。

 最初は彼の自己紹介から始まるようで、その中の一文に俺の目は吸い寄せられた。


『人の世話を必要としない伝説の果樹を生やすことができて、私は最高位の魔法使いになれたのだと悟った』


「これ……」


 お金を出してくれるエヴァンスのところに行って、本を見せる。

 さっき見た一文を見せると、エヴァンスは他のページにもざっと目を通したあと、ニッと笑って本をカウンターに置いた。


「これも追加で」

「はいよ」


 シュルツとミュリエラは、今欲しい本はないらしく、山のような教科書たちを抱え、家に帰った。

 俺は買ったばかりの本を開き、いくつかのページに折り目を付けてからオリバーのところに行った。


「オリバー! 木属性の魔法使いでも、植物を生やすには種が必要だって知ってる?」

「………………知ってる。だから花とかの種……持ってる……」

「ああ、大事そうに抱えてる小さな鞄はそのための……でさ、美味しい果物のなる木でも、きちんと世話をしないとダメだって知ってる?」

「……そうなの?」

「うん、この本に書いてある」


 俺はオリバーに見えるように本を振った。


「こまめに世話をしないと、美味しい果実は実らないんだって」

「…………むり」

「でね、養分のないところでも育つし、何も世話しなくても数百年単位で美味しい実を付ける伝説の果樹があるんだって」

「…………!」

「でもその種を見つけるのは困難で、しかも魔法使いとしての腕がないと種を発芽させることすらできないらしい」

「…………」

「俺、俺たち、色んなところに行って戦ったりするつもりだからさ、オリバーも一緒に来てくれるなら嬉しくて、もし旅先で種が見つかればオリバーにあげるから、だから「やる」


 オリバーが木の枝から身体を起こし、生えていたツタを操って器用に木から降りてきた。


「美味しい木、生やせるかもしれないならやる。彼もいるんでしょ?」


 そう言ってオリバーが指差した先にはシュルツがいる。


「いるよ」

「だったらぼくが戦わなくても済みそうだし……」

「そ、そんなことないから! 全員に見せ場があってこその“マホレンジャー”だから!」

「なんなんだっけ……まほれんじゃ……」


 俺はオリバーの腕を引っ張ってリビングのソファに座らせた。

 寝転んで眠りそうになるオリバーを揺すりながらマホレンジャー講義を行い、マホグリーンの良さを語り尽くす。


「だから、“マホグリーン”は敵を拘束して巨大な生花にしちゃったり、植物のムチで戦ったり、混乱する一般市民を花の香りで落ち着かせたりするんだよ! めっちゃ優しくてかっこいいんだ!」

「ふぅん……ふぁ……すごいんだねぇ……」

「そこまでじゃなくてもいいから、ちょっとだけ決めポーズして敵の足元を植物で拘束するとかしてほしいな」

「まぁ、それくらいなら……ぁふ」

「やった!」


 ちょっとどころかかなり不安ではあるが、オリバーのやる気スイッチをほんの少しだけ押せた気がする。

 寝てばっかりだったオリバーがこうしてきちんと話を聞いてくれているだけでも充分だ。

 もうほとんどソファに寝転びかかってるけど。


 伝説の種が本当にあるのかも分からないんだけど、でも伝説の果樹が今もなお生えているのは確からしいし、いいよね。

 それにしても、別に今生えてる伝説の果樹まで行くだけでもいいってオリバーが気付かなくてよかった。


 俺は安堵の溜息を吐き、完全にソファに埋もれて夢の世界に旅立ったオリバーを見ていた。

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