第10話 修練の森

 ダンジョンと言っても、言ってしまえば単なる森だ。

 魔物の出現範囲が決まっているし、さっき通ってきた入口以外からは入れないような力が働いているらしいが、見回しても見えるのは木と、植物だけ。


「”マホレンジャー”にはさぁ、決めポーズがあるんだよ」

「あ! お前思い出したぞ、どっかで見たことあると思ってたんだよ、入学テストの時にポーズ決めて何か叫んでたやつだろ!」

「うん、もっと大きい炎出すつもりで全然だったけど」


 見られていたのか、と若干恥ずかしくなりながらも頷いた。


「変身する時は、こうして、こうして、こう! んでもって、変! 身! ってジャンプすると、キラキラキラ〜って光に包まれて衣裳が変わって、地面に着地する時にはもう”マホレッド”になってるんだ」

「へぇ、どうやってるんだろ」

「”テレビ”では色んな効果を合成するって聞いたことあるけど」

「あー、別で保存した映像と組み合わせるとかそういうことをするのかぁ、手が込んでるねー! あの魔道具じゃそういうことは出来なさそうだったなぁ……」

「そういうことあんまり考えたことなかったけど、よく考えてみると色々大変なのかも」

「ま、イケてる格好に変化して、敵を格好良く倒せばいいんだろ? 最悪映像に残せなくてもさ、他のヤツらの前で実際にやればいいわけだし」

「それもそうかも」

「イケてる服に着替えるってのはとりあえず置いといて、まずは格好良く敵を倒す練習しようぜ」

 

 そう言ってエヴァンスが指差した草むらには、丸まって眠る大きなウサギのようなネズミのような魔物がいた。


「え、かわいい」

「バカ! 手ぇ出すな!」


 野良猫を撫でようとする気軽さで差し出した右手に、ピリッとした痛みが走る。

 人差し指の先からは血が垂れていて、眠っていたと思った魔物が飛び跳ねて鋭い爪を俺に向けていた。


「いってー……!」

「ネビットは身内以外が近くまで迫ると引っ掻きか噛みつきをしてくる。見た目が可愛くても魔物だぜ」

「ごめん!」

「まぁ、俺も説明不足だった。でも、この森にいる魔物の中ではこいつが一番弱いから、気を引き締めろ」

「うん……!」


 そうだ、ここはダンジョンなのだ。

 いくら見た目が可愛くても、野良猫とは訳が違う。


「お前的には、どうやって敵を倒したいんだ? やっぱ何か叫ぶのか?」

「みんな必殺技があるんだ。”マホレッド”は……」


 右手を斜め上に、左足を斜め下伸ばし、右足に重心をかけて左手は腰!

 そこから機敏な動きで真っ直ぐな体勢になりつつ、左膝を曲げながら前に出し、両手を正面に突き出す!


「必殺! “ボルカニックエクスプロージョン”!…………って言って巨大な炎を放つんだけど、俺にはまだ無理だった! あ、このポーズは、やる時もあるしやらない時もあって、やらないときは普通に両手を正面に突き出してただけだった」

「なるほどな。そのポーズで、防具とかアクセサリーとか武器とかを客に見せるわけか……理にかなってるな……余計なことしてる場合じゃない時は省略も可能……」

「エヴァンス?」

「あ? あ、悪い。いいと思うぜ、ポーズ。着る服決まったらちょっと俺たち用に考え直したいけど」

「おおー、俺たちだけのポーズいいな!」

「だろ?」


 そんなことを悠長に話していて大丈夫なのかとネビットを見れば、その両足はすでに地面に氷で縫い止められていた。

 さすが。


「カイル、風呂沸かした時のやつ、試したらどうだ」

「よしっ!」


 俺はネビットに向かって両手をかざし、小さな声で”炎よ、灯れ”と呟いた。

 魔素がネビットのお腹の辺りに集中するように力を入れると、見つめていた場所からボッと炎が立ち上った。


「ギッ、ギィィィ!」


 ネビットは逃げようと暴れ回るが、動く度に炎が別の場所に燃え広がっていく。

 炎は下にはいかないから、足元を固定し続けている氷が溶けることはなかった。

 目の前で火炙りにされる魔物は、ちょっとどころかすっごい可哀想だった。


「う、おぇ……っ」

「魔物とはいえ、刺激が強いな」


 シュルツが俺の炎を飲み込んでネビットを氷の彫像に変え、長い脚で一気に蹴り砕く。

 舞い飛ぶ氷の欠片は、火炙りよりも断然良かった。


「い、一気に燃やせるようになるまで俺の魔法で倒すのは止める!」

「……そうだな」

「“マホレンジャー“さ、戦いのラストに背後で爆発!とかあるんだよ。だから俺、爆発の練習する」

「えー! カイルが主人公じゃないの?」

「主人公が遅れてやってくるタイプもある! あ、回し蹴りの練習する!」

「あーそうだな、シュルツが凍らせてお前が蹴り飛ばせ」


 みんな、こんなに怖いことを普通にやってるんだな。

 エヴァンスは電撃でネビットを痺れさせ、手際よく血抜きをしている。

 一応、俺に見えないようにやってくれているけど、獣の血の匂いが漂ってくるから何をしているのかは分かる。


「少しずつ慣れようぜ、魔物を上手く倒せるようになれば、解体して肉屋に売ったりもできるし」

「頑張る……!」


 一気に倒せるようになれば大丈夫だ、きっと。

 マホレッドも一撃で敵を吹き飛ばしてたし!


 俺は手のひらを見つめた。

 この世界でマホレッドになるために、頑張らないと。

 初めてのダンジョンはあんまり上手く行かなかったけれど、気合いを入れ直せたから成果はあったと思うことにする。


 それにしても、エヴァンスは次から次にネビットを倒してすごいなぁ。

 ネビットの小さな体は少しの電撃にも心臓が耐えられないらしく、「ヂヂッ」と鳴いて倒れてしまうのだ。


 俺もそういう倒し方ができるだろうか。

 ちょっと地味か。

 やっぱりドカーンと倒すのがいいよな、レッドだもん。

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