第9話 薬を買ってダンジョンへ

 次の日、何もしないのもあれだろうということで、俺たちはダンジョンに行ってみることにした。

 王都の周辺には今発見されているだけで八つのダンジョンがあり、それぞれでかなり違った形をしているらしい。

 出てくる魔物の種類も異なっていて、一番初めに発見されたと言われている修練の森が魔法使いになりたての人間にちょうどいいのだそうだ。


「なんでも、昔そこに住んでた人たちの成人の儀に使われてたらしいよ。その当時は魔物に殺されそうになる恐怖で魔法を発現させてたんだって。でも本当に死んじゃうとまずいから、一撃もらってもギリギリ死にはしないくらいの魔物が出る場所を見つけて、そこを修練の森って呼んでたみたい。王都が出来てから、ダンジョンとして登録されたらしいけど、名前はそのまま残したって」

「へぇ……ミュリエラは王都の人なの?」

「ううん、王都に一番近い街の人。王都から人も物も結構流れてくる場所だったから、小さい時から色々教えてもらってたんだ〜」

「羨ましい……」

「修練の森、魔物に一撃食らって死なないとはいえ怪我すりゃ痛ぇからな。傷薬買ってから行こうぜ」


 相変わらずオリバーは木の上から動かなかったので、四人でお出掛けである。

 昨日買い物をした商店街の中にある薬屋の店内には、色んな葉っぱが吊り下げられていて、棚には瓶が所狭しと並んでいる。

 カウンターの奥にはしわしわのおばあちゃんが椅子に座ってこちらを見ていた。


「傷薬二十個! あと毒消し十個と麻痺消し十個!」


 エヴァンスがとんでもない大声で叫ぶから何事かと思ったら、おばあちゃんは耳が遠いからこれくらいの声量じゃないと分かってくれないんだとか。

 震える手でお金を受け取ったおばあちゃんは、うんうんと小刻みに頷いてお釣りをくれた。


「跡取りいるのか心配になるぜ、腕は確かだからな」

「他にも薬屋があったのにお前が見向きもしなかったのはそのせいか」

「そうだ。ここが売り切れてる時は、最初にあったキフェットの薬屋だな。ここの次に質がいい。この先にもう一店舗、ホリュラークの薬屋ってのがあるんだが、そこは質がそれほど良くないくせに値段がとんでもないから絶対に行くな」

「よくそんな店が潰れないな」

「この通りの逆側は、裕福な街から繋がる門があるんだ。真っ先に買わせりゃ騙せるわけ。王都の住民相手じゃなく、外から来た一見さん狙い撃ち」

「なるほどな」

「金儲けしたい気持ちは分かるけどよ、正々堂々とやらないのは嫌いなんだ」


 エヴァンスにはエヴァンスの流儀があるらしい。

 薬をそれぞれに分配してカバンに入れ、俺たちはダンジョンに一番近い門まで歩いた。

 学院や家からは結構離れていて、門までの馬車なんてのも街中を走っていたりするのだが、歩けない距離ではないということで歩きである。

 時々抜かされる馬車に乗っている人たちは全員お金がかかっていそうな格好をしていた。


 門の前には二人の兵士が立っていて、出ていく人たちに行き先を聞いている。

 王都の住民は、出た門と同じ門に帰ってこなければならないのだそうだ。

 申告していた予定に戻ってこないと、王都の親族に連絡が行って捜索するかしないかといった話になるのだとか。

 俺たちは今日中に戻る予定なので、そう言って王都を後にした。


 ならされた道を歩き、森に入る。

 ここもすでにダンジョンなのかと思ったら、どうやら違うらしい。


「ダンジョンも門と同じで、入る人のこと管理してるからな。入り口には兵士が立ってるぜ」

「エヴァンスって、なんでそんなに詳しいの?」

「もっとガキの頃、情報屋の小間使いしてたから」

「すごい! そうなんだ」

「そんないいもんでもねーけど、まぁ、今それなりに役に立ってんだからいいか」


 何本か獣道のようなものが伸びていて、そのうちの一本を辿っていく。

 少しすると兵士の姿が見えた。


「あれ、エヴァンスじゃないか」

「ども」

「そうかお前ももう成人か、早いな〜。で? 早速お仲間見つけてダンジョン入りか?」

「そうだよ、わりーか」

「いやいや、大人になったもんだと思ってな。傷薬は……持ってるよな、うんうん、それだけ持ってれば大丈夫だ。森の奥に行くにつれて魔物が強くなるから、厳しいなと感じたらすぐに戻るんだよ。無茶をして学院に通う前に人生おしまいなんてことにならないようにな」

「分かってるって」

「じゃあこれに触れて、お友達もみんな。俺はヒュロスっていって、大抵はここにいるよ。何かあったら頼りにしてくれ、このダンジョンのことだけなら誰よりも分かってるつもりだから」

大型種ダーヤは?」

「二日前に出現して、すでに討伐されてる。今までの間隔でいけば三週間は出ない」

「分かった」


 ヒュロスさんが差し出すオレンジ色の石に触れると、ほんの少し魔素が抜けた感覚がした。

 手をぶんぶんと振っていると、ヒュロスさんが笑う。


「戻ってきた時にまたこれに触れれば、今抜けた魔素は返還されるから安心して」

「あ、はいっ! えと、俺カイルです。こっちがシュルツで、こっちがミュリエラ。よろしくお願いします」

「おお、礼儀正しい。エヴァンスは乱暴そうに見えて繊細でい「おい! 恥ずかしいからやめろ!」

「大丈夫です、分かってますから」

「おい! お前まで!」

「あっはっは! いい友達ができたな。気を付けて」


 ヒュロスさんに見送られ、俺たちは初めてダンジョンに足を踏み入れたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る