静寂とした公園で

 並んで座ってスクリーンに集中している人たち。壁に設置されたスピーカーが立体的に聞こえ、冷房が効いているのか人間からしたら少し肌寒いだろう。

 心配になって、隣の三日月さんを見てみると寒そうには見えない。ポップコーンを摘まみながら映画を楽しんでいるらしい。

 彼女が選んだ映画はポスターのイメージ通り、SFジャンル、それもロボットが戦うものだ。と、いっても巨大なロボが怪獣を斃すといった特撮染みたモノではなく、人型のロボットがヒロインを守る内容だ。


(ストーリーは同じロボットとして思うところはあるけれどまあ良し……CGや役者の出来具合から、かなりの自信作なんだろうなぁ。三日月さんが期待することだけはある)


 感想を抱いた時、物語は既に終盤。主人公とロボットが夕焼け越しに、感動的なシーンへと突入していた。

 よし、最後を締め括る大事なシーンだ。じっくりと味わって人生最初の映画を、この目に焼きつけよう。

 そう身構えていると不意に座席が揺れて、啜るような音が聴こえた私は隣を一瞥――


「うぅ……良い話だなぁ……」


(み、三日月さん!? な、泣いてるの……?)


 ぐすぐすと涙を堪えているようだが、瞼に溜まった涙が光を反射してしまっている。

 確かに感動的な内容だったが泣くほどだっただろうか? 何だか泣いていない私の心が汚れているように思えて釈然としない。





 

 それから無事に映画を見終え、私と三日月さんは映画を、壮大な物語を目の当たりにした後の形容し難い余韻に浸りながら、静かな公園へと移動していた。

 ずっと閉鎖的なホール内に居た所為か、外の世界がいつも以上に広く思えて、空気が美味しく感じられる。


「いやー面白かったね。ロマンチックなストーリーだったよ」


「はい、素敵な映画でした……三日月さん、最後泣いてましたね」


「なっ何言って!? 泣いてないよ!? ちょっと目にゴミが入っただけだから!」


 三日月さんはブランコに揺られながら、慌てて否定する。

 そんな彼女の様子が可笑しくて、私はくすっと微笑を浮かべて隣のブランコに腰掛けた。


「小さな公園だからか、誰もいないですね」


「そうだね。静寂としていて……この世界にいるのは私たちだけなのかも……」


「ふふっ何ですか? 映画の真似?」


 遠い表情で哀愁を漂わせる彼女が言った言葉はあの映画で主人公がロボットへと言った台詞である。


「さっきゆゆねちゃんは私を不良から助けてくれたよね……」


「はい」


「いつも穏やかなゆゆねちゃんと違って、あの時のゆゆねちゃんは頼もしく見えて、私にとって白馬の王子様みたいで……」


「白馬の王子様って……私は女性ですよ?」


「分かってる。ただ映画と一緒だなって……」


 映画のロボットは主人公を守るために敵を蹴散らした。見方を変えれば主人公を守ったと言える。

 ふむ、確かに私は三日月さんを守った。しかし、細かな部分は違う。大体は同じでも映画と現実の差が激しいものだ。私は三日月さんという一人の女性を守っただけだが、映画のロボットは世界を救っていた。結果的に主人公が助かっただけである。


「助けるという点は同じですが、映画は色んな伏線が絡み合って、起承転結がしっかりしていて、ロボットは結果的に世界を救ったけど死んでしまって……第一、私はロボットじゃないですし、三日月さんは吸血鬼でしょう?」


「うん、そうだね」


「そうそ……へ?」


 悄然としている三日月さんは溜息を吐くように言った。

 当然と言った風な物言いに反応が遅れてしまったが、確かに彼女は“自分は吸血鬼”だと肯定した。


「ど、どうして急に……」


「んー……ゆゆねちゃんともっと仲良くなりたいって思ったから」


「え? それってどういう……」


 今まで掲げていた旗を急に下ろしたのだ。藪から棒にも程があり、困惑してしまうのは仕方ないだろう。

 必死に動向や思惑を探ってしまい、そうしている内にも彼女はさり気なく手、私の手と重ねてくる。

 そのまま三日月さんの“赤い瞳”を凝視して、私は理解した。

 三日月さんは本当に私と仲良くなりたいようだ。

 真剣な瞳、そして吸血鬼だという事を隠そうとしない態度が何より証拠だろう。


「だから、ね? いいでしょ?」


「えっ……わっ……ちょっ……」


 呆然としている私を簡単に押し倒した三日月さんは舌をぺろりと出し、限界まで引き絞った弓のような、狂気的な笑みを浮かべている。


「いただきまーす……」


「や……やめてください!」


「きゃあっ!」


 私は身体を捩って彼女を地面へと落とす。

 服が砂で汚れてしまっているが急に襲い掛かってきた三日月さんが悪いのだ。多少の乱暴も許されるだろう。


「もう、ゆゆねちゃんったら酷いなぁ」


「ご、ごめんなさい。私、もう帰りますね」


「え?」


「本当にごめんなさい!」


 汚れを払う三日月さんに軽く頭を下げ、公園を飛び出した。

 分からないのだ。仲良くなりたいと言われ、吸血鬼だと明かされた。それ自体は嬉しい。

 仲が深まるのは望んでいた筈なのに、どうして私の気持ちに恐怖が混じっているのだろうか……

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