映画館

 エスカレーターを上った先は薄暗いロビー。人々が行き交い、軽食や飲料を販売する従業員に、チケット売り場。上映作品が描かれたポスターが張られている。

 そう、データを参照するに、此処は映画館と呼ばれる場所なのだろう。博士と一緒に自宅で映画を見ることはあったが、こうして映画館に訪れたのは初めてである。

 ゲーセンとは違った雰囲気にワクワクと、期待感から上映中の映画がリストアップされた看板を見つめてしまう。


「ゆゆねちゃんは何か見たい映画とかある?」


「いえ、特には……タイトルを見ても何がなんだか……」


「そっかぁ……ならこれにしようよ!」


 そう言って三日月さんが指さしたポスターはSFっぽい何か。

 タイトルはダミーネーター? 主人公なのか、ガタイの身体つきの男性は身体の半身が機械で出来ており……ああ、これは私への当てつけか?

 まあ私は見たい物が特にないので了承しておく。飽くまで三日月さんの意見を尊重しただけだ。


「やった。実は前に明美ちゃんから面白いと聞いていて気になってたんだ!」


「そうなんですか……?」


 また明美さんの名前を聞いて胸がちくりと痛んだが表情には出さない。


「ふむふむ……丁度いい時間帯だけど、ゆっくりしていたら間に合わないかも……しょうがない。私がチケット買って来るからゆゆねちゃんは何か飲み物でも買ってきて。あ、此処に集合だからね!」


「あ、分かりました……」


 慌ただしくチケット売り場へと走っていく三日月さん。

 そんなに楽しみなのだろうか? というかはしゃぎすぎだろう。少し屈めばスカートの中が見えそうである。


「はぁ……私、何を考えて……」


 邪悪な思考を頭の隅へ追いやり、さっさと売店に並ぶ。

 やはり日曜日影響で人が多く、ロープに従って並んでいる客が多い。どうやら三日月さんの方も同様で、気長に待つしかないのだろう。


(三日月さんは美人だなぁ……)


 少し離れた場所にあるチケット売り場に並んでいる三日月さんは暇つぶしにスマホを弄っているようだ。

 その雰囲気は授業を受けている時の彼女に似ていて、どこかミステリアスな雰囲気を保っている。

 雪風を封じ込めたかのような白銀の髪。陶磁器のように白く滑らかな素肌。人形と見間違わんばかりに整った顔。瞳は澄んだ夏空の碧眼。スラリと伸びる程よく筋肉で引き締められた手足。小さくなく、大きすぎない、カーディガンの上からでも分かる美しい胸元の稜線。折れるかという程に細く、たおやかな腰。高校一年生とは到底思えない、大人びた妖艶な色気を醸し出している。


「やっぱり美人だなぁ……」


「霞に見惚れているねぇ。まあ気持ちは分かるけどさ」


「そうですよね……って明美さん!?」


「おっ? やっと気づいた? さっきから隣にいたのに気づかないなんて余程見惚れていたんだ!」


 私の独り言に答えたのは明美さん。

 また揶揄っているのか、したり顔でにやにやとしている。否定できないのが恥ずかしく、だんまりと俯いてしまった。これでは肯定しているようなものだ。


「そ、それで、明美さんはどうして此処に?」


「いや、ちょっと見たいアニメの映画があってね……それよりゆゆねさんと二人っきりで話したいかな」


「へ? 私とですか?」


「そう。といっても世間話みたいなものだよ。霞のことどう思ってるのか知りたくて」


「ちょ、直球ですね……」


 明美さんの真摯な瞳を見る限り、三日月さんを心配しているのだろう。具体的に何を憂慮しているのか分からないが、明美さんは友誼に厚いようだ。


「どうしてそんなこと聞くんですか?」


「……ほら、霞ってクラスで人気者じゃん?」


「まあそうですね。色んな人と上手く付き合っているイメージです」


「そう。だからこそ心配なんだ。霞は笑顔を振りまいているけど、偶にね、悲しそうに、辛そうにしていて……」


 思い当たる節があった私は言葉を失った。

 ああ、確かに三日月さんはよく窓の外を見ては儚げに黄昏ていた。授業中でも、休み時間でも、偶に公園で見かけた時だって彼女は悲しそうで、慮れば苦しそうにも見えるだろう。


「私、霞とは中学からの付き合いなんだ……でも、悔しいけど、ゆゆねさんと霞を見ていると負けるよ。だって霞のやつ、私と居るときよりもゆゆねさんと居る時の方がよく笑うんだ。ゆゆねさんと仲良くなったから霞は救われたのかな……」


 明美さんから私と三日月さんはそう見えているらしい。私と三日月さんの関係が深いと言っているようなモノなので嬉しいが、それ以上に腹が立った。


「なんですか? 私と三日月さんの関係に嫉妬ですか? 貴方と三日月さんは中学からの付き合いなのに、その程度の仲なんですか?」


「ちょ、急に毒舌にならないでよ」


「貴方は三日月さんを霞という愛称で呼び、私が知ったばかりの彼女の秘密だって当然のように話していた。それに、貴女と会話している三日月さんは本当に楽しそうでした……さっき貴方は私の気持ちを汲み取って三日月さんの誘いを断りましたが、あの時、三日月さんは心底残念そうに項垂れてましたよ?」


「それは……」


 何か想うところがあるのか、明美さんは両肘を抱えて顔を背ける。


「私は貴方が羨ましいです。三日月さんと親しい貴方が、明美さんが。三日月さんの中では、きっと明美さんという存在は大きい。だから悲観的にならないでください。プリクラだって撮ったことあるんでしょう?」


「そっか、そうだよね。……まさかゆゆねさん、いや、ゆゆねに諭されるとは思ってなかったよ」


 怠そうに頭を掻いて顔を上げた明美さんの表情は凛々しくて、調子を取り戻したようだ。

 何故か呼び捨てへ昇格してしまったが、これは仲が良くなったと判断しても良いだろうか?


「礼を言っておくよ。ありがとう……でも、私と霞は中学からの付き合いで“親友”だから」


「……何が言いたいんですか?」


「あはは! 宣戦布告みたいな?」


「はぁ?」


「おお怖い怖い。ゆゆねは揶揄い甲斐があるなぁ……それより、あれを放っておいていいの?」


「何を言って……三日月さん?」


 度々揶揄ってこられるのは精神に悪影響を及し、癪に障る。一度、高性能ロボットのパワーを、ガマ口スタン君を見せつけてやろうか思ったが、明美さんに気を逸らされてしまった。

 それもその筈、彼女が差した先には三日月さんが困り果てていて、二人の男性、それもピアスやタトゥーをした如何にも不良っぽい人たちに絡まれているようなのだ。


「明美さん」


「おう、一人で大丈夫?」


「はい。私、こう見えても結構強いので……」


「へぇー本当なんだろうね。私が代わりに買っておいてやるから行ってやりな」


「ありがとうございます」


 本当なら明美さんと一緒に行ったほうが数的に有利だが、私はロボットである。態々彼女の手を煩わせなくても、成人男性二人くらいなら軽くにあしらえる。

 列を誘導するために並べられたポール。それに繋がれた綱を飛び越えて、お客の間を通り抜け、最速で三日月さんの元へ駆けつけた。


「ゆ、ゆゆねちゃん?」


「三日月さんは下がってください」


「あ? なんだおめぇ? 嬢ちゃんも俺らと遊びたいんか?」


「一緒に映画見ようぜ~?」


 三日月さんを背中へと避難させて、改めて不良を睨みつける。

 うん、やっぱり不良だ。本人たち的には優しいお兄さんを演じているようだが、目が笑っていない。まるでアニメやドラマに出てくるようなだらしない不良だろう。

 演技としては三流、いや四流だろうか? 兎に角、気色悪い下心は隠して欲しいので、私は誠心誠意を持って潰そうと決意した。


「下衆が……さっさと消えてください」


「あ? なんだと――わ、分かったよ」


 殺意を高めて睨みつける。敵愾心を剥き出し、強い執念をただ前面に。

 そうすると私の気持ちが痛いほど伝わったようで、下衆たちはまるで幽霊を目の当たりにしたように、青ざめた表情で脱兎の如く逃げていく。

 騒ぎにならなかったのは幸いだろう。思わず息を吐き、ホッと胸を撫で下ろした。


「ふぅ……三日月さん? 大丈夫ですか? 何もされてないですよね?」


「う、うん。ゆゆねちゃんが助けてくれたお陰だよ」


「良かった。あ、順番が回ってきたので先にチケットを買いましょう」


 三日月さんを慰めるのは後にして、さっさとチケットを購入する。席は空いていた中央より少し右側で、お金は私が払っておく。

 チケットを受け取り、明美さんを探していると彼女に袖を引っ張られた。


「ゆゆねちゃん」


「何ですか?」


「その、ありがとうね。実はちょっとだけ怖かったから……」


「こういうのは慣れてないんですか?」


 私はあまり外に出ないのでああいう場面に遭遇した事がないが、三日月さんは活発な上に美人なのでてっきり対処にも慣れていると思っていた。


「うーん……何回か遭ったけど、そういう時は大体明美ちゃんが助けてくれたかな」


「明美さん……やりますね」


 流石明美さんだろう。何というか抜け目がない。


「お? 無事に終わったようだね。適当に飲み物とポップコーンを買っておいたよ」


 そう思っているとタイミングよく、話題の人物である明美さんが来た。


「明美ちゃん!? どうして此処に?」


「はいはい、その質問は締め切りました。それじゃ、私はもう行くから、これ。あ、代金は要らないよ。励ましてくれたお礼だから」


「ありがとうございます」


 お言葉に甘えて飲み物とポップコーンを受け取ると、明美ちゃんは駆け足気味で上映ホールへと繋がる薄明りの通路へと消えていった。


「んん? 明美ちゃんと何かしてたの? 励ましたってなに?」


「そうですねぇ……秘密です」


「えぇ……教えてよー」


「それより早くしないと映画が始まっちゃいます」


 頬を膨らませて不満そうにする彼女に、笑みを零してしまう。

 私はチケットを握り締めて、指定された上映へと急いだ。

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