奇妙な関係

 私は吸血鬼だと、三日月さんが言ったあの日から日常が一変した。今まで鮮やかだった光景がモノクロへ変わり、気落ちする闇が波紋する。

 三日月さんはどこか吹っ切れたようで、二人きりの時は吸血鬼だと隠さなくなり、寧ろ全面的に本能を剥きだしにしている。





 例えば、三日前の体育の時間、私は備品を取りに体育倉庫へと行った時――


『えーっとライン引きは……きゃあっ! 三日月さん!?』


『うぇへへ! 捕まえたよ! 大人しくしてね!』


 倉庫へ入ると同時に隠れて着いてきていた三日月さんに押し倒された。そのままマットに転がって、ひと悶着あったが、近くの生徒が物音を聞いて駆けつけてくれたお陰で助かった。




 二日前は授業終わりにお手洗いに駆け込んだ時――


『ふぅ……三日月さん、最近ストーカー気味だなぁ……』


『あっ呼んだ?』


『ちょっ! どうして上から覗いて――入ってこないでください!』


 何故か個室内に待ち伏せしていた三日月さんに捕まってしまった。上から覗いてくる姿は軽く、いや確実にホラーだろう。勿論、血を吸われそうになったのでガマ口スタン君を使って気絶させ、保健室へと運んでおいた。





 そして、昨日に至っては放課後の買い物中――


『今日はお鍋でもしましょう。博士は喜んでくれるかな……わっ!』


『ゆゆねちゃん捕獲だよ』


『ま、また三日月さんですか? い、いい加減諦めて下さい。私、ロボットじゃないですし、普通の人間です。血はあげません……』


『人間でも、ロボットでも、ゆゆねちゃんはゆゆねちゃんだよ』


『三日月さん……』


『それじゃあ……いただきまーす!』


『助けてー! ストーカーに襲われまーす!』


 人の気配が無くなった瞬間、力づくで路地裏へと引っ張られた。勿論、犯人は三日月さんで、恐らくずっとストーキングしていたのだろう。三日月さん曰く壁ドンなるものをされ、不覚にもドキドキとしてしまったが彼女の目的が吸血だったので容赦なく悲鳴を上げた。


 一体、何度襲われて、血を求められたか……


 欲望を曝け出す彼女とは裏腹に私は苦悩する。決して三日月さんを嫌いになった訳ではないが、いまいち距離感がつかめない。なるべく顔に出ないように善処しているが、心の中では困惑でいっぱいなのだ。


「ゆゆねちゃーん! 今日もお昼、一緒に食べよう?」


「あ、三日月さん……」


 私の中で、お昼休みは三日月さんと屋上で昼食を摂るのが定番になっている。そして、この学校での屋上は滅多に人が来ない。

 その理由は飽きだ。人間とは億劫な生き物であり、最初こそ新鮮な気持ちで屋上へ訪れても、二回目以降は薄れ、最終的には足を運ばなくなる。弁当を持って教室から離れ、暑苦しく、または凍えるように寒い屋上のベンチで食事を摂るのが割に合わないと気づくのだ。

 それでも屋上で夕食を憧れる人は居るが、高校生活三年間、毎日屋上で食べる人は居ない。偶に訪れる生徒の大体は幻想を抱いた一年生である。

 精々屋上のメリットは気分転換になるくらいだが、その株は中庭に取られてしまっているのが現状だろう。


「どうしたの? 早く行こう?」


「え、えっと……」


 分かっている。このまま三日月さんと屋上へ行ったら襲われると……

 屋上での前科は未だにないが、今の彼女ならやりかねない。行ったら最後。秒読み状態である。


「今日は教室で……いえ、やっぱり一人で食べます」


 逡巡とした結果、いくら三日月さんが相手だとしても襲われるのは御免だ。

 偶になら未だしも、こう毎日奇襲を掛けられては疲れるというもの。生徒たちが屋上へと行かなくなるのと似たような飽きだろう。


「……え? なんて言ったの?」


 聞こえなかったのだろうか? いや、信じられないと言った風に目を見開く様子を見る限り、ショックを受けている。つまり、私の声はきちんと届いていた筈だ。


「今日は一人で食べます」


「ど、どうして……」


「それは……まあ気分です。明日は一緒に食べましょう」


 まるでこの世の全てに絶望したかのような、退廃的な表情の三日月さんに心が痛くなり、顔を背けてしまう。

 違うのだ。

 私だって本当は三日月さんと共に歩みたい。仲良くなりたいだけなのに……未だ逡巡としている自分がいる。少しだけ恐怖を感じている。


「ごめんね……」


 三日月さんは微笑んで謝り、そのまま明美さんの元へと逃げるように去っていった。

 今までずっと一緒に居たから彼女が無理していると手に取るように分かる。今もクラスメイトと笑い合っているが、あれは空元気というものだろう。


 お昼休みが終わり、五時限目、六時限目と勉強の時間が訪れる。元より私はロボットなので高校の問題なんてお茶の子さいさいだ。

 だから、先生にバレないようジッと隣の三日月さんを見つめる。その整った横顔に見惚れるのは日課のようだったが、今の彼女は元気がないようでしょんぼりと鉛筆を弄っている。

 私との事を引きずっていると、目に見えて分かってしまう。

 こうなるなら断るべきではなかった? いや、遅かれ早かれこうなっていただろう。

 兎に角、このままでは三日月さんとの溝は深まるばかりで、何とか仲直りしないといけない。別に喧嘩をした訳ではないが、それ以上に厄介だろう。ただ謝れば済む問題ではなさそうだ。

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