第3回 君は、君だよ
アイドリーアイドル。
七年にわたり、平日の夕方に放送された女児向けアニメだ。
主人公の夢咲ひなのは、昭和歌謡の時代に活躍したレジェンドアイドルに憧れる、ごく普通の女の子……バイト先のメイド喫茶で邂逅する、かつて一世を風靡した作詞家ゴローに見出され、彼女はソロアイドルとして歩み始める。世は〝会いに行ける〟アイドルグループ全盛期、ひなのは伝説の再来となり得るか――。
昭和から平成、令和へ憧れが連鎖していく物語に、年齢層を問わずハートを掴まれた。
アイドリーアイドル沼(通称・アイ2沼)に落とされた者は、総じて重度のオタクとなり、二次創作へ走るようになる。
(行きつく先が、ぼくのような人間であり――)
『すごいよ人間さん! 完全にアイ2第一話の流れだもん! 憧憬が継承されていく物語、最後にバトンを受け取ったのが人間さんだったんだよ! くぅ~っ!』
彼女のようなAIってわけだ。うーん未来。
譜面台に乗せられ充電中のメルポを一瞥し、苦笑してから無人の空間(ハコ)を見渡す。ここは、はるか未来のライブハウス……といっても、二十一世紀と違いはなく、地下にあってキャパ三〇〇人もなくて最低限の照明とアンプが置いてある、バーカウンター付きの空間だ。二十世紀だと言われても信じる。未来でも懐古趣味が流行っているのだろうか。
(そういえば蒲田の産業会館も、在りし日のままだった……ふむ)
バオーの管制室を後にして、メイドさんが案内してくれた先が、この旧世紀めいたライブハウスである。地下施設どうしが、例の側道でアリの巣よろしく繋がっているらしい。
『ライブハウスで修行を積んで、本格アイドルデビューに備えるのも、第二話の流れ!』
「マジそれな」
メイドさん曰く、ライブハウスを拠点にして「レッスン」を受けた後、地上へ上がってもらうとのこと。ひとまず今夜は休養をとるよう言い残し、彼女は去っていった。
アイドリーアイドル第一話のCパートで、ひなのの下宿先が火事になり、ゴローの手引きで懇意のライブハウスへひなのは転がり込む。第二話からはライブハウスで寝泊まりしつつ、修行の日々が始まる……とまあ、メルポの言うとおり展開が符合しすぎている。
元いた施設がミサイル食らって炎上した件はともかく、メイド服を着せられライブハウスに放り込まれ、いずれ〝グロッシースカイ〟激似ステージ衣裳でもって奈落から舞台へ。偶然で起こり得るレベルじゃない。
さては知っているな? そして意図してなぞらえようとしてる。
バオーが頑なになぞらえようとしていたのは、ジャンヌダルクの逸話だ。
(となれば、アイドリーアイドルのオタクは――)
『ホント、何から何までピッタリ! ひなのちゃんも病気がちで……あっ』
そこだけは偶然の要素だ。
「気にしてくれるな。って、ひなのも言うだろ?」
『そんなに、よくないのですか?』
「そうだなあ、うん……当社比一〇〇割増しくらい」
コールドスリープで未来へ丸投げする程度には。
「ぼくの時代から医療はすすんでる?」
『人間さんの時代って?』
「ん……リアタイ世代」
ぼくの回答に、メルポが『神話の時代だ』と驚く。そこまではいかねーよ。
『医療テクノロジーはね、期待するほど進んでない……と思う』
「人間がいなけりゃ、そうもなるか」
アンドロイドが闊歩するほどの時代となっても、施術対象がない技術は廃れるだろう。
『人間の時代の終わり、わたしたち機械に託されたオーダーは〝再現すること〟でした』
譜面台の上でスリープ状態のまま、タブレットのメルポが訥々と語り始める。
『人間が地球上からいなくなっても、いつか異星人が降り立ったとき、ここには文明があったんだよって――未来永劫残る記念碑として、ぜんぶを保存しようとした』
「だいぶSFでクラクラしてきた」
『原初のオーダーからして、文明の進化を求めていないのです。あくまで再現と保存。無視してる連中は《KUSGS》みたいな過激派で、凄くなったのは武器ばかりって感じで』
話を聞いているうち、ひとつ疑問が湧く。
「メルポは」
ぼくは意を決して尋ねる。
「再現しているだけなのか?」
『えっ……』
「二次創作は、再現+アルファという表現、ファン活動のはずだ」
原作をそのまま再現しちゃ、ただのコピーだ。原作へのリスペクトをもって、原作に描かれていない部分を補完する。二次創作ってそうだろ? 小説ならなおさらだ。
「メルポ、君は、そうじゃないのか?」
『……わたしは、そんな二次創作をされていた作家を、再現しているだけですよ』
「さっき熱く語っていた、アイドリーアイドルのくだりもか? 誰かに借りたものか?」
『っ、そう、ですよ!』
スリープ状態だったタブレット画面が点灯し、ギャルな風貌の3Dモデルが表示される。前のめりで焦っている様子をみせる。
『二次創作のアマチュア作家、一人ひとりを再現するのは難しいから、ジャンルの中である程度まとめて……わたしは、アイ2界隈の小説サークルをまとめて継承しています』
だから、きっと、あなたでもある。作風だって情熱だって借り物なんですよ。メルポは俯いて罪人のように告白する。
「異議あり!」
ぼくはメイドのナリで、弁護士を気取り指摘する。
「作家の誰しもが模倣から始まる。情熱だって――最初は誰かの言を借りてしか表現できずとも、いつかは君自身のものになる、なっているハズだ!」
正確にいえば、情熱に再現性はないと思っている。界隈のアマチュア作家たちの作品を取り込んでいく過程で、メルポ自身に芽生えたものであると信じる。
「だから、君は、君だよ」
タブレット画面の中、俯いた彼女の頭をやさしくタップする。
顔を上げたメルポは、目もとを赤く腫らしていた。そんなギャルが現実にいて、そんな顔で見つめられたら、恋をするだろうな。
「こころをかき乱して、ごめん」
君には、ただのコピーだと嘯いてほしくなかった。
重ねて「ごめんな」が口を衝きかけるぼくを、メルポが『あやまらないでください』と遮る。
『わたし、ちゃんと乱されました』
「うん」
『ちゃんと、わたしのこころです、よね?』
ぼくは首肯して、今度は君自身のよろこびを贈ると約束する。
「いっしょに譜面台に置いてる新刊……分厚いから、感想ツイートまでちょい時間くれな」
『それはもちろん!』
タブレットから飛び出す勢いで、画面いっぱいにギャルの顔が映る。
『おかえしに、なんでもします! 人間さんの病気を治す方法だって見つけます!』
ぜったい! と意気込むメルポにぼくはまた苦笑する。
「ありがと。期待しないで期待しとく」
『AIを混乱させる表現ですよ、それ~~』
可愛らしく頬を膨らませる彼女にまた笑い、ライブハウスを独り占めにして――もとい、ふたり占めして、大の字で寝そべる。硬い・冷たい・起きたら肩コリやばそうだが、そろそろ眠気に勝てない。地下から這い出て、また地下に潜ってステイでも、心持ち陰鬱さはなくス~ッと睡魔に委ねられそうだ。
「君がいるからだな」
『? 何か言いましたか』
「おやすみ、って言った」
『そうですか……おやすみなさい、人間さん』
ぼくは瞼を閉じる。からだの内で静かにすすむ、シャットダウンの準備に「焦るなって」と呼びかけて、夢の国へと落ちていく――。
終末コミケ 瀬戸内ジャクソン @setouchiJ
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