第15話 声
青い国スタジアムに野球観戦に行ってきた。
お相手は赤い国。
去年も行った。同じカードで、6月の末あたり。
なんで行くのかと言うと、それは私が赤い国ファン(その次に応援するのはもちろん地元の青い国)だからなんだけど、それだけではない。
ビール半額DAYだから。
お天気良し。気温高め。クラフトビールも含めて全てのビールが半額。平日だからチケット代も安い(土日や祝日は高くなる価格変動制)。
これで行かない方がどうかしている。そう思うのは私だけ?
去年は1番か2番目に安いチケットを取った。その席からだと選手たちは豆粒みたいに小さく見えた。それはそれでとても楽しかった。初めて座る種類の座席だったし、ビール片手にぼんやり見るには風が心地よく、球場全体が俯瞰できて、球場の外の景色も結構見えて、おまけにエース対決を制しての赤い国の勝利とくれば、文句のつけようがなかった。
細かく見たければテレビ桟敷の方がいいに決まってる。いいシーンやきわどいプレイはアングルを変えたりスローにしたりで何度も流れるし、画面上には詳細なデータも。選手たちのリアルな表情だってアップで追って見せてくれる。
スタジアムに足を運ぶのは、もっと違う何かが見られるからだ。見られる、というよりは、体験できる、というべきか。臨場感だとか生の迫力だとか雰囲気だとかそういった類いのもの、そして観客も含めた野球全体の景色。風景。
それで言うと、今年は去年と趣ががらりと変わった。びっくりするほど変わった。激変、と言っていい。激変した渦の中に飲み込まれた時、思わず胸が詰まった。
声が出せる。出してよくなったのだ。
📢 📢 📢
去年は飛び飛びではなく、ふつうに全席埋めていた。ただし声出しはNG、応援歌や鳴り物はなく、手拍子、拍手だけ。それでも外でたくさんのひとたちと一緒に観戦できる、それだけで十分、楽しかった。
一昨年のことは記憶にない。多分、スタジアムに足を運んでいないんじゃないかと思う。
3年前は完全にテレビ桟敷だった。それも春先は無観客試合で、ボールがミットに入る音やバットに当たる音、スタンドに飛び込む音、果ては選手の息遣いまで聞こえてきて、やけに生々しかったことを覚えている。野球以外の音は一切なし。そんな野球観戦は初めてだった。
それが今回はどうだ。
チャンスやピンチの場面、観客は固唾をのんで見守り、手拍子を送り、スタジアムがひとつの大きな生き物みたいになっていく。総仕上げみたいに声が湧き上がる。うねる。
それぞれが声を張り上げ、歓声をあげ、盛大なため息を漏らし、選手の名前を連呼し、歌を歌う。
ひとの息。ひとの声。叫び、雄叫び。声に揺れ、足踏みに揺れ、脈打つようなスタジアム。
コロナ以前の風景がそこにあった。
今月の頭、大会場でのLIVEに友人とふたりで出かけた。これだけ大きな箱は本当に久しぶりだった。
その大きな会場でも、今回、マスクをした上での声出しの許可が出ていた。これも本当に久しぶり。だからマスクの下で、聞こえないくらいのごく小さな声で一緒に歌った。同じようにして歌っていた同年代の観客は多かったはずだ。
それだけではなく、メンバーの名前を呼ぶ声、振り上げる拳、お約束のコールアンドレスポンス……、たくさんの場面でたくさんの声があがった。その度に会場のボルテージがあがるのが目に見えて分かった。あまりの熱気に景色が煙って見えた。
アンコールも含めて全てが終わり、客電が入った後。たくさんのひとたちがかなり長いことその場でおしゃべりしたり、写真を撮ったりしていた。もちろん私と友人もだ。
皆、立ち去りがたかったんだと思う。
全てが元に戻った訳ではない。
例えば野球で言えば、ジェット風船はまだ売っていない。応援歌を歌い終わると同時にもの凄い数のジェット風船が一斉に夜空を舞って、夜空を覆って、空気が抜けていく音と共にあっという間に落下していく、あの景色はまだ見られない。私はあの一瞬のバカバカしくも美しい景色が大好きだ。もしかしたらもうやらなくなっちゃうのかな? と思うとかなり寂しい。復活できるならして欲しいものの1番手だ。
全てが元に戻ればいいというものでもないかもしれない。
例えば、鳴り物や応援団のお約束的応援が苦手なひとだって多いと思う。そういうひとたちにとっては、個人に任された静かな応援の方がいいということだって当然あるはずだ。
それでも。
声は出したい。
出せるようになってよかったと心から思う。
罵声も、心ないヤジも、口汚い悪態だって聞こえてくることはもちろんある。それでも、ひとの声っていいなあ。声が重なって、合わさって、大きく膨らんでいく、そういう景色っていいなあ。そう思った。
ちなみにこの日一番、盛り上がったのは、青い国のチャンスの時。あれは本当に凄かった。スタジアム全体がうわぁってくらいどよめいて張り詰めてた。そりゃ青い国のホームなんだから当たり前っちゃあ当たり前なんだけど。
あんな大歓声の相手に向けての応援の中、フィールドに立って守っているアウェイの選手たち、彼らのメンタルは一体どれほどまでに強いのか。私のようなオトーフメンタルの人間からすると、あの場に立っていられるだけで、全選手尊敬に値する。声って集まるとそれくらい凄い。久しぶりに体験して(「聞く」とはとても言えない)、痛感した。
ってことで、最初、楽勝ムードでのんびりしていたのが、途中からなぜかはらはらドキドキ展開に変わり、最後あわやとなりかけた所で、なんとか無事に逃げ切り、赤い国の勝利。両チームの選手の皆様の最後の最後まで諦めないプレイは、さすがのひと言。鋼メンタル万歳。ザッツエンターテインメント。
おかげで試合終了後、隣の隣に座っていた赤い国ファンの男性方と「いや、もう、最後マジ焦りましたよねー」とハイタッチを交わす羽目に。皆さん、いい方たちでした。あざます。
*
今年は去年よりいいお席で見ました。何でかと言いますと、青い国チームからお誘いがあったんです。チケットを購入しようとしていたまさにその日の夜に。
「去年、あなた、ビール半額DAY、来てくれたよね? そういうひとだけに、こそっとお誘い。今年もまた半額DAYやるんだけど、特別に安い席を用意したよ。種別は選べるけど、座席は選べない、それでよければ〇円お安くしとく。どう?」
パソコンの前でしばらく悩みました。だって、安いのは嬉しいけれど、席が選べないとなると、多分、真ん中あたりの席になるはずで、そうするとビール買いに行ったり(可愛いお嬢さん方が重いのを抱えて売りに来てくれますが、私の飲みたいクラフトビールは売り子さんがあまり多くない)、トイレに行ったり(ビール飲むとトイレが近くなりますよね?)する時に、いちいち迷惑かけるでしょう? 同じ列の方たちに。それが嫌で、いつも端の席を確保するんです。
でも、こんなお誘い初めてだったのと、近くで安く見られる誘惑には勝てなくて、悩んだ挙げ句、誘われるままに。ホイホイにかかる何とかみたいな私。
結果、誘われて良かったです。ホイホイ、ありがとう。また来年もぜひに、ホイホイ。
ちなみに帰ってから見てみたら、残りの2日分のこっそり優待席、完売してました。そりゃそうだよな。私が行った初日も「大入り」って出てたからなあ。
いい夜でした。
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