第14話 相棒
粗忽でうっかりものな私だけれど、不思議と食器は割らない。それがつい先日、久しぶりに割ってしまった。私のコーヒーカップ。
コーヒーカップが手から滑り落ち、階段を落下していく様が、スローモーションのように見えた。割れて散った破片が、無理やりむしり取られた白い花びらのようだった。心の中で「ああ、」とため息を漏らしながら、しばらく呆然と見下ろしていた。
このコーヒーカップ、20年近い愛用品だった。買ったものではない。当時、某有名観光地の某有名菓子店でポイントを集めるともらえた非売品。もちろんこれだけ昔の話だから、今、同じものは手に入らないと思う。
白い器にさり気ないデザインが施されていて、テーブルの上に置いていて特に目立つこともなく、かと言って地味というでもない。手に馴染み、口当たり良く、気に入っているを通り越して側にいるのが当たり前の存在だった。これ以前はどんな器で日々コーヒーを飲んでいたか、もはや思い出せない。コーヒーだけを飲む時も、お菓子のお供にする時も、私の側を片時も離れずにいた。そういう意味では我が家で一番長く私の側にいた、私の良き相棒だった。
突然、相棒を失ってしまった私は、台所で途方に暮れた。だって私は控え目に言って日に5杯はコーヒーを飲んでいて、書く時間が取れる時は下手したら10杯いってるかもしれない、いや絶対にいっているはずのコーヒー中毒者だ。すぐに代わりを見つけないと身の置き所がなくなる。
コーヒーカップなら他にいくつもある。普段使いのセット物から、とっておきのおもてなし用まで。ただ、残念ながら、これが次の相棒だ、と言えるようなものはない。とりあえず適当なものを使いながら折を見て探すかと思いつつ、それもなぁと頭の片隅で考え続ける。
夕食の支度を始めて、はた、と気が付いた。何もコーヒーカップでなくてもいいのではないか、と。元々、洋食器より和食器の方が好きだ。それも同じものを揃えるより単品で買う方が多い。その最たるものが湯呑みだった。
好きで買ったのに、なぜかあまり出番がない湯飲みがある。
温かみのある白、手のひらにすっぽり収まるサイズ、土物なのに磁器みたいに薄手で口当たりも悪くない。一回り小さいサイズの色違いをホットワイン用に使っている。ホットワインに使う=電子レンジOK(土物の和食器はそういう使い方をしないのがふつうらしいが、自己責任で使ってみて大丈夫だった)なのもコーヒーカップとして使うのに都合がいい。
試しにコーヒーカップに水を入れて、その湯呑みに移してみた。入れられる量もぴったり。思わずにんまりした。
よし、しばらくこれを(仮)相棒としてみよう。
早速インスタントを飲んでみる。
あれ? なぜだろう。味がしない。香りもしない。変だなあ、これはもしや黄砂のせい?
そう思って、しばらく間を置いてから2杯目を入れてみた。それでも結果は同じ。お湯を飲んでるみたい。
少し薄め過ぎたのかと、今度はちょいと多めに粉を入れてみる。それでもやっぱり味も香りも感じられなかった。
えー? これって私の問題? それとも器のせい? まさか某ホラー読んでるのとは関係ないよね??
少し考えて、手っ取り早い判断方法として、普段使いのカップで飲んでみた。
あ~ら、ちゃんと味も香りもするではありませんか~。良かった~。
決定。(仮)相棒は(仮)のまま終了。
ということで、どれくらいかかるか分からない、相棒探し、スタート。この際だから家にある湯呑みは全部、試してみようかと思っている。なんだかシンデレラの靴みたいだな、なんてちらっと思いながら。
*
そう言えば、今、打ってるパソコンも今年から使い始めたんだっけ、と今更ながら思い返しています。前パソコンだって10年近く私の相棒をやっていてくれた訳で、それで言えば相棒を変えざるを得なくなったのは今年これでふたり?目。
相棒と言うからには、やはりそれなりに納得できないとね。ってことで、パソコンはともかく、コーヒーカップは見つかるのにしばらくかかるだろうと覚悟しています。そんなに簡単に相棒って見つかるものでもないし。
でも、早く見つかって欲しいんだよなあ。じゃないと、『試し飲み』と称してコーヒー消費量が増えすぎそうなんだもの。その分、書くのが捗るならそれもまあ悪くはないのだろうけれども。
もちろん当然のようにその気配はなく、無駄にトイレの回数が増えるだけで、相変わらず遅々として進まぬ書く手の遅さよ。嗚呼。
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