第12話 ルンバ


 ルンバが死んだ。

 バッテリー切れなのだが、それだけでない。充電用ターミナルのケーブルも断線してしまっていた。どちらも買い直せるだろうが、諸々考えたら買い換えた方がいいだろう。何せ買ってからもうすぐ10年になる。


 今の家に越してくる時、真っ先に買ったのがルンバだった。

 元々、家事は得意でない。しなくて済むならしたくない。だから最初が肝心だと考えた。新居とルンバ、両方の物珍しさから、子供たちに片付ける習慣がしぜんと身につくのではないかと思ったのだ。

 結局の所、私のこの考えは甘かった。彼らは全くもって片付けない。未だに平気で床の上にありとあらゆるものをばら撒いているし、床の上がダメとなれば代わりにソファだの自分の椅子の上だのに置くだけである。片付けない人間は何を使ってもいくつになってもどこまでいっても片付けないのだということを私(とルンバ?)が学んだだけであった。

 ということで、ルンバを使う前にまず床の上から物をなくす作業から始めねばならない。うっかりしているとスマホの充電ケーブルやらイヤホンやらベルトやらを巻き込んでしまったルンバがひとりで身悶えしているのを救出しなくてはならなくなる。うーうー唸って身動きできなくなっているルンバも不憫だが、そろそろ掃除が終わったかと来てみれば全然まだで、その理由がそんなことだと分かった時の私の気持ちと言ったら、嗚呼。

 そういう意味ではふつうの掃除機を使うのと労働量的に大差無い気もしていた。越してきた当初、荷解きにかなり時間がかかり、ルンバを心置きなく走らせるまでにそれなりの時間を要しもした。それでもせっかく買ったものを使わないという頭はなかった。

 無事使えるようになってまずその仕事ぶりを注視した所、想像以上に不器用で頭を抱えたくなった。それこそ部屋の中をごつんごつんとぶつかりながら回っているのである。なんかこうもっとスマートかつクールに仕事をしてくれるのかと思っていたのだけれど、意外と無骨というか場当たり的体当たり的で、知能派というよりは武闘派? に近くて唖然とした。

 当時、私の友人のひとりがよく泊まりに来ていた。彼女が泊まった翌日のことだ。「ルンバを使うから」と言って、部屋から出るよう彼女を促した。うん、と言ってあっさりと出たはずの彼女だが、しばらくすると姿が見えない。どこにいったかと思えば、ルンバが働く部屋の片隅でその動きに見入っていた。

「何、見てるのよ」

 背後から声をかけると、飛び上がるようにして振り向いた。

「え、ああ。……なんかね、面白いなあと思って」

「まあねえ。面白いって言うか、おバカ?」

 私の言葉に彼女はふ、と小さく笑うと、

「言われたことだけをただ愚直にこなすだけで精一杯、って感じ」

 と言って目を細めている。続けて、

「姉さんが、『ルンバって言われたことだけしかしなくて、そういう所、家事を頼まれた男みたいだ』って言ってた」

 姉さん、と言うのは、我々(私たちは同級生だ)より5歳ほど年上の彼女の従姉妹のこと。彼女を介して私も親しくなったひとである。姉さんは自営業者で海外との取引もあり、パートナーも外国人。そういう相方を持っていてもそんな感想を持つのかとその時の私は思った。ただ、口にした言葉は違った。

「言われたこと以上のことができる機械があればいいのにね」

 言いながら思っていた。できたら凄い、地味にSFかも、と。あ、そうそう、後はこんなことも言って笑ってた覚えがある。

「ルンバの上って何だか猫、乗っけたくならない?」

「なる、なる」

 どっちも猫、飼ってないのに。猫を飼っていたのは姉さんだったが、彼女が実行したことがあるかどうかは聞きそびれたままだ。


 使い出した当初は、「言われたことだけを体当たりでこなす不器用なやつ」というのがルンバに対する私の感想と言うか評価だった。それがいつからだろう、気が付いたら「不器用でも言われたことだけでも、やるだけマシ」と思うようになっていた。これはルンバが変わった訳ではもちろんない。「言われたこと」すらやらない誰かが……むにゃむにゃ。もちろん理想は「言わなくても」であることは言うまでもないのだが、それはもう……もにょもにょ。

 先日、家電量販店からセールメールが届いていた。ちらっと見たら、今のルンバがお安くなって掲載されていた。何でも、集めたゴミを自分でターミナルに溜めておいて人間様が捨てるのは1年に一度程度でいい、なんて機種まであるらしい。

 10年という歳月は、ひとに何かを諦めさせ機械を進歩させるには十分な時間であったのだと妙な感慨に耽りながらその場でメールを削除した。





 ということで、モノ壊れ継続中デス。

 で、ルンバどうしよう? とぼんやり考えていたら、洗面所の扉に思いっきりおでこを打ちつけていました。久しぶりに目から火花が散りました。あんまり強く打ったものだから、すぐに腫れてきたくらいです。いやもう泣きそうです。痛いです。物理的にも、懐的にも。ほんと、どうしよう。


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