第15話 会社へ

 車中、高級外車の匂いと設備に改めて感銘しながら……ではなく、ポンコツ車。そう表現せざるを得ない汚い車に乗り込み、マリの会社を目指す二人だった。


「ごめんねタエちゃん。もう僕はあがりなので会社の車は使えないんで、プライベートで使うこれしか足がなくてねぇ。でもね、ポンコツだけど愛着があって乗れば可愛いんだよねぇ」


〝フォルクスワーゲン・タイプツー〟しかもガタガタのボロボロで、愛着が湧くという点は同じ男として長閑も理解できなくも無いが、乗り心地の悪さもあって可愛いという表現に首を傾げていた。


「〝初めてのつもりで〟って言ってたけど、もし思い出した後もその気持ちを大事に接して行けば、タエちゃんが望んでいた〝本当の家族〟に出会える日も近いからね。頑張ろうよ」


(望んでいた本当の家族に出会える? あの家の子供達が本当の家族じゃ無いのは分かったけど、出会えるってどういう意味だ? 何処かに居るってことなのかな……?)


 もしかして自分の振る舞い方でタエの人生を大きく変えてしまうんじゃないか、自分の話したことで、自分の行動で……。

 長閑は言いようの無い不安がのしかかるのを感じた。


「久慈さん……わ、私の両親って何処かに居るんですか? あの家は、わ、私にとって必要な場所なんでしょうか?」


 長閑の言を、運転しながら黙って聞いていた久慈が口を一度引き結んでからゆっくりと言葉を紡ぐ。


「タエちゃんの両親の話は……出来ない。何故なら、こうなる前にタエちゃんと両親の話はもうしないと約束しているから……。諸々の記憶のないタエちゃんに今話すことはダメだし、約束を破ることになるよね?」


「あ……たしかにそうですね……」


 長閑は俯いてそう返答した。


「必要な場所かって話は、タエちゃん次第だね。さっきも言ったけど、初めてのつもりで接するんなら、これからじゃん。そうだよね?」


 そうだ。その通りだ。タエの人生だけじゃなくて自分の人生も瑠璃のこともある。

 不安は常にあるだろうが、この先、タエとして生きて行く以前の問題より、タエプラス長閑としての自分を構築しなければいけないのだ。


「そうですね、なんとか頑張ります。これからも助言とかよろしくお願いします久慈さん」


 長閑はいつになく元気にそう言ったと同時に、何かが壊れたような雰囲気の音を立ててオンボロ車は停車した。


「いつでも何でも任せてよ! だけどタエちゃん、敬語は要らないからって何回も言ってるでしょ」


 言いながら運転席から降りた久慈は、素早く助手席に回り込み、厳かにオンボロ車のドアのとってを引いた。

 ギギーとお化け屋敷の扉のようなおどろおどしい音を響かせて助手席のドアが開く。


「さぁ着きました。マリお嬢様は十二階の専務室にいらっしゃると思うから。何の話をするのかは存じ上げませんが、僕はここでタエちゃんの土産話をお待ちしています」


 敬語と常用語が混ざった相変わらずな話し方で、両手でピースサインを作った久慈は微笑んでいる。


「ありがとう久慈さん。またね」


 二人は笑顔で別れた。

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