第14話 久慈との会話



 辺りはすっかり暗くなっていた。星空の下をトボトボと歩きながら、長閑は色々な考えを巡らしていた。


「一度、マリ姉さんと会って、そのことを訊いてみるか……」


 長閑は目的が明白になったことで、今後、どう生きていくかという迷いも吹っ切れたのだった。


 元の身体に戻るためにも、これからのタエの環境も変えなければいけない。それは図らずも長閑は女子に転じて生きることを余儀なくされ、目的のためにまずは、成さなければならないということだった。



 豪邸の門の前に着いた頃には、肌を刺す空気がいっそう時間の経過を教えてくれた。


「タエちゃんのお金、まあまあ使ってしまったな……後で絶対に返すから許してくれよ」


 長閑が吐息混じりにそうブツブツと呟いていると、


「タエちゃん!」


 ふいに呼び止める声が後ろから聞こえてくる。振り向くとそこに居たのは相変わらずの執事姿の久慈だった。


「こ、こんばんは、です……」


「ですとか敬語は水臭いよタエちゃん! どうしたの? こんな時間に」


 マリの居場所を知る必要があると、長閑は久慈に質問を投げかける。


「あ、あのぉ久慈さん。ま、マリ姉は今は会社に居るのかな?」


 そんな言葉を話しながら、ここでふと長閑は首を傾けて考えた。『親はどうしてるんだろう。そもそも健在なのか』と。


「あ、く、久慈さん、私の両し……」


「両親ってどうしてる」と続けようとしていた長閑だったが、久慈の表情が目を見開いて固まったままなのを見て、緩やかに既視感を覚えた。

 そして久慈の次の言葉が色々な人物の声で脳内に残響として聴こえ、不鮮明だったものがハッキリと色をおびた。


「た、タエちゃん……マリお嬢様のお名前を、今……呼びましたか……?」


 長閑はひょっとしたらという思いが湧き上がるのを感じていた。

 姉のマリのあの余所余所しさ、妹の舞子の態度、龍馬の極度の緊張具合、どれをとってもタエを遠ざけるような心証を兄弟達から感じる。


 もしかして。


「もしかして、わ、私は……本当の家族ではな……」


「あうぅぅぅ! ああああんん! 遂に雪解けがぁぁぁきたんですねぇぇ?!」


 こちらの言葉を遮ると言う表現では生温いほどに、近所迷惑な絶叫の声量。久慈は四つん這いになり、地面に向かって話し掛けているように泣き出した。


「タエちゃんがこの家に来た時は、問題無く行くと思っていました。しかし、凛お嬢様のこともあってタエちゃんの立場が危うくなってからと言うもの、今まで何度となく夢見た家族との触れ合いと団欒。僕にとってそれは念願ですし……うう」


(なるほどな……そういうことか)


 口に出さずにそう呟いた長閑は、久慈の顔の前でしゃがんだ。


「久慈さん……前にも言ったんですが、わ、私は覚えて無いことが多くて、家族とのこととかも……でも、それを、その記憶が無いのを利用してと言うか……今日、久慈さんに自己紹介を貰ったように、周囲とは初めてのつもりで付き合って行こうと思います。だから、良かったら色々とアドバイスをしてもらえたら……助かります」


 久慈はピタリと泣き止むと、バッと顔を上げて這うようにして長閑に近付いて来た。

 そしてそのまま長閑の両肩を掴むと、涙でびちゃびちゃに汚れた紳士の顔を何度も縦に振って、頷きを繰り返していた。


「タエちゃんがそう言うなら僕は全力で協力します! えっと……マリお嬢様に会いに行くのでしたら、今からお送りしましょうかね?」


 マリ、会社というワードが絡むと、会話の節々に敬語が混じる久慈の話し方にも慣れないとと、密かに微笑しながら、目的であるマリとの交渉(訴えをやめさせる)を前に気を引き締めてもいた。


「はい、お願いします」

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