第3話 打つか打たれるか
「ネット環境良し。エナジードリンク良し。ヘッドホンの準備良し。そして、心の準備は……うん、まったく良しじゃない!」
大きく深呼吸をし、何とか気持ちを落ち着かせようとする。が、それで落ち着くわけがない。
だって、あの桜木さんとゲームが出来るんだぞ? ……え? ほんと? 桜木さんとゲーム出来るの僕?
自分の部屋に置いてあるモニターの時計画面を見ると、約束の時間である二十時を過ぎていた。SNSを覗いたが、まだメッツセージはきていない。
ゲームをやる準備だけは出来たので、『準備できました』とメッセージを送る。
それにしても金曜日は流れるようにことが進んだから、あまり実感がなかったけれど、僕桜木さんと連絡先交換したんだな……。今まで家族とお姉ちゃんしか追加していなかったから新鮮な気持ちだ。
そうして感慨にふけっていると、テンテロテン♪ と電話がかかって来た。
……来た!
スマホには『kaoru』の文字。もちろん桜木さんだ。
まだ心の準備が整っていないのにどうしようか。
あたふたしている間にも時間は過ぎてしまう。
流石に電話にでんわっていう訳にもいかないので、恐る恐る画面をタップした。
「あっ、綾瀬君聞こえてるー? もしもしー?」
「う、うん、聞こえてるよ」
「お、良かったー。ちょっと時間過ぎちゃってごめんね。お風呂入った後で髪乾かすのに時間かかっちゃった」
「ぜ、全然! 僕も今用意できたとこだし」
スマホからは紛れもない桜木さんの声が聞こえる。それにしても今の桜木さんはお風呂上りなのか……。
お風呂……お風呂か……。
「もしかして……想像した?」
頭の中を覗かれたような気分でじっと耳が熱くなる。
「あ、いや、そのしてない! 全然してない!」
「なんかそこまで拒絶されると傷つくものがあるなぁー」
「あ……ええと……」
「大丈夫大丈夫。ちょっとからかっただけだからさっ」
答えに戸惑っている僕に桜木さんはクスクスと笑う。
「それじゃあ、今日はよろしくね! あ、前にも言ったけれど、私このゲーム超下手だから。負けても温かい目で見守ってね」
「僕も好きなだけで得意じゃないから……。まぁ、そのよろしくお願いします」
「でもまぁ、やるからには勝ちたいよね。私と綾瀬君でチャンピオン取るぞー! ほら、掛け声! えいえい……?」
「お、おー!」
「ふふっ、よくできました!」
***
お互いにゲームのフレンドコードを交換した後、通話しながらゲームが出来るように設定を行い、桜木さんをチームへと招待する。
「私、この日のためにマイク付いてるヘッドホン買ったんだー」
「かなりやる気満々だね」
「もちもち~」
今回、やるゲームは二人でチームを組んだ計三十人、十五部隊によるバトルロワイヤルだ。
僕はいつも使っている敵を探索出来るキャラ。桜木さんは前方で戦うようなアタッカーのキャラを選んだ。
「それじゃあ、行くよー! いざ、出陣!」
ヘッドホンを着けているせいで、桜木さんの声が直に耳の奥へと届く。まるで隣にいるみたいだ。
ゲームが開始すると、上空の飛行船から降下し、戦場に足を踏む。周りは近未来的な建物が立ち並んでいて、宇宙船のような乗り物も見える。
さて、今回はどの銃を使うか……。
バトルロワイヤルでは武器や回復アイテムなどがフィールドに落ちており、それを拾い集めながら敵を倒していくのがオーソドックスだ。
「僕は手前の建物で物資調達するけど、桜木さんはどうする?」
「じゃあ、私は奥の方でゴソゴソしてるよ」
「分かった」
各々最初の武器を物色しようとしたところだった。
「ちょっと綾瀬君やばいやばい!! 敵横いる!! あーやられた!!」
「え、ほんとに!?」
一瞬で桜木さんは再起不能状態に。
その後、二対一で奇跡も起こるわけではなく、画面には「GAME OVERE」の文字が。
「うう……ごめん綾瀬君……。想像以上にポンコツだった……」
あまりにも呆気ない終わり方だったので、思わず笑いそうになっていると、桜木さんもそれに感づいたのか、
「むぅー、ちょっと綾瀬君ー? 温かい目だよ温かい目ー」
「いや、今のは運が悪かっただけだよ。もう一回やってみよう」
「うん! 次はやられないぞー」
そして、第二戦目。
今度は無事に着地することができ、物資の確保もスムーズに行うことが出来た。その後、道中敵に遭遇しながらも、お互い声をかけながら何とか敵を倒していく。
敵のキャラクターが行ってくるであろうパターンや、武器の操作のコツなどのアドバイスを合間合間にしたが、やはり彼女は飲み込みが早いのか、この短時間でメキメキと上手くなっているような気がした。
それにしても……
「ん……あ……ちょ……あん……やめ……あ……やばい……これダメ……んっ……。あー負けちゃう!」」
度々、敵に狙われているのか声を上げるのだが……どこか色っぽい声と息遣いがヘッドホン越しに耳に届き、これは何と言うか……エロい。いや、何考えてるんだ僕は集中しなきゃ。これはゲームこれはゲーム……。無になるんだ僕!
その後も危ないシーンは何度かあったが、どうにか生き残り、残りは僕達の部隊を入れて三部隊になった。ゲームも終盤を迎え、BGMも壮大な雰囲気のするものへと変化し、緊張感を高まらせる。
「まってまって、やばいかも。私、めちゃくちゃドキドキしてる」
「これはもしかすると……本当に勝てるかも……」
「あ! 綾瀬君! 後、残り二部隊だって! 私達の部隊も含めたらラスト一部隊!」
綾瀬さんの言う通り、一部隊減り、残りは僕達ともう一部隊のみ。しかし、最終フィールドは多くの建物が立ち並んでいて、銃声は聞こえたが、敵がどこにいるのかは分からない。
「僕がレーダーで索敵するから、桜木さんは敵を発見次第突っ込んで! 僕は後方からサポートするから」
「オッケー! 任せて」
サーチを入れると前方、やや左の建物に二人のシルエットが見えた。位置を知らせると、桜木さんも攻撃系のアイテムを駆使しながら突入する。相手は完全に不意を突かれたようだった。
スコープ越しに相手が建物から出てきたところを確認した瞬間、弾を放つ。
……ビンゴ。
バシュッと弾が当たった効果音が鳴り、相手が一人倒れるのが見えた。
残る一人は……
再びスコープ越しに敵を探そうとし、建物の上にいた敵が視野に入った瞬間、思わず背筋が凍るような感覚を味わった。
敵のキャラクターは既にこちらに銃を向けていたのだ。
「あっ!」
気づくのが数秒遅く、もろに弾を食らってしまい、再起不能状態になる。
「ごめん、やられちゃった! 建物の上にいる!」
「任せて! ……って言ったけどどうしようこれ! どうしたらいいの私!」
軽くパニックになる桜木さん。
残り一対一のワンマン対決。お互いの残りHPも同じぐらい。だが、上を取っている相手がやや有利か……?
「攻撃系のアイテムをあちらこちらに投げて、徐々に距離を詰めていって!」
「了解!」
爆発音で足跡を紛らわしながら、階段を駆け上がる。建物の上に登り、相手を視覚に捕える。その時、相手もこちらに気付いたようだった。
「そこだー!」
声を上げながら弾を放つ桜木さん。ほぼ同時に相手からも発砲音が聞こえた。
さて、どっちだ……?
画面を見ると「You are champion」の文字。
僕達のチームの勝利だ。
「か……った? 勝ったよ! 綾瀬君!!」
「うん! 勝った!!」
「やったー! 凄い嬉しいんだけど! 本当に勝てると思ってなかった! 綾瀬君のおかげだよー」
「いや、僕も最後は見てるだけしかできなかったし……桜木さんの実力だよ」
「そうかなー? そうでもあるかなぁー!」
ちょっとテンションが上がっている桜木さんに、僕も嬉しい気持ちでいっぱいになる。ふとスクリーンの右下に表示されている時計を見ると、時刻は十時を過ぎたころだった。
「いやー楽しかったな。まだまだ、遊んでいたいけど……もうこんな時間かー。ほんと楽しい時間は一瞬ですぎますなー」
「まぁ、その僕で良かったらまたできるから……」
「できるから……?」
「また……やる……?」
「うん! 当たり前じゃん!」
勇気を出して、聞いてみたがさらりとOKが出た。……まじか。
「じゃあ、また明日学校でねっ。おやすみっ」
「う、うん。また明日。おやすみなさい」
互いに挨拶をした後、通話終了のボタンを押す。
「……ふぅ」
電話を切ると今まで緊張していたのか、疲れがどっと押し寄せた。力が抜けたように横のベッドに寝転ぶ。
桜木さんとゲームするの楽しかったな……。
多分、これまでの人生の中で一番ゲームをしていて楽しかったと思う。本当に夢のような時間で、まだ胸の高鳴りが抑えられない。……だが、それと同時に他の思いも湧き上がる。
どうして桜木さんは僕なんかに絡んでくるんだろうか。学校でも目立たない陰キャの僕なんかに。
「やっぱり分からないな……桜木さんの考えていることは」
ぼーっと天井を見上げていると、段々と睡魔が襲ってきて、そこで僕の意識は途絶えた。
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