第2話 綾瀬尚文はチョロい

 「ーでは今日の授業はここまでじゃ。それぞれ予習しときんしゃいよー」


 チャイムが鳴るのと同時に、白髪交じりのおじいちゃん教師が古典の授業を終えると、各々生徒は昼食を食べに散らばって行く。


 反語……訳……~だろうか。いや、そんなことはない。……っよし。


 僕もノートに板書をし終えると、カバンから今朝コンビニで買ったお弁当を取り出す。

 

 高校に入って約二カ月。

 他の生徒達は学生生活にも慣れはじめ、それぞれ自分と何となく波長が合う友達を見つけ、グループが確立されつつあった。


 ……はい、そうです。僕はどこのグループにも属することが出来ませんでした……。


 それは何故か。聞いたところ(もちろん盗み聞き)によると、どうやら今の学生は『春から~高校』みたいなタグをつけてSNSに投稿し、入学前から繋がっているらしい。え、情報管理危なくない? 大丈夫?


 とは言っても、もちろん全員が全員そうじゃない。僕が普通に友達作るのが下手なだけです。はい、南無。


 こうしてぼっち生活が確立されたわけだが、かと言って一人で過ごすのも実は嫌いじゃない。負け惜しみみたいに聞こえるけれど、一人というものは気楽だし、何よりも誰にも迷惑が掛からない。


 他の生徒達からは灰色に映るであろう中学時代も、それはそれで僕なりには充実していたと本気で思っている。


 なぜか一時のテンションでレトロゲーを徹夜した日も、漫画を安く読むために古本屋を自転車で巡ったのも大切な思い出だ。……イヤホントデスヨ?


「さてと……」


 ずっと一人で昼ご飯をモグモグタイムしてきたけれど、たまにはあのお気に入りのスポットで食べようかな。

 そっと教室を後にし、校舎を出て、中庭を歩いていくとその場所はある。周りは木に囲まれ、ぽつんと一つ取り残されたようなベンチ。横に設置されているスピーカーからは昼休みの校内放送が流れていた。


『次のお便りはペンネーム『真の最強ぼっち君』さんからでーす! 友達ってどうやって作るんでしょうか? ……そうですね。やっぱり自分から勇気を出して色んな人に話しかけてみてはどうでしょう!?』


「それが出来たら苦労しないなぁ……」


 さっきも言ったように僕はぼっちだけれど、一人で過ごすのは好きだ。

 でも……たった一度の学生生活。一人くらい信頼できる人がいればいいなと思う。笑ったり、泣いたりそんなことを一緒に出来るような……。って望みすぎか。


 そう思いながら、今朝コンビニで買ったお弁当を開き、ウインナーを口に運ぼうとした時、


「わぁ!!」

「!!」


 いきなりの声に思わず箸からウインナーが零れる。

 落下していくウインナー。

 

「……っく! っく!」

 

 反射的に箸を動かす。

 二度三度、箸で突っつき何とか上手く掴むことが出来た。日々、FPSで鍛えていたエイムが初めて役に立った瞬間だ。


「……ふぅ」

「おーナイスゥー」


 ほっと一息ついて後ろを振り向くと、桜木さんがパチパチと小さい拍手をしていた。


「なっなんだ桜木さんか……びっくりした……」

「ごめんごめん。今のは私が悪いね。ちょっと後ろからじゃ見えなかった」


 下をペロっと出して、両手を合わして謝ると、ちょんちょんとベンチを指さした。どうやら隣に座りたいらしい。

 なるべく動揺している姿を見せないように気を付けながら、端っこに体を右へと移動させると、体を引っ付けるように桜木さんは隣に座った。


 思わず意識してしまったが、桜木さんは気にせぬ顔で鼻歌を歌いながら、昼ご飯の準備をしている。左にはかなりのスペースが余っているが、僕が気にし過ぎなのだろうか。……っていうか、


「そ、そう言えば何で桜木さんここにいるの?」

「え? だって、つけてきたから」


 ……ツケテキタ? 桜木さんが? 僕を? ナンデ?


 もしかして、知らず知らずのうちにかんに障るようなことをしてしまったのだろうか?

 困惑している僕なんて知らん顔で桜木さんは話を続ける。


「さっき売店で昼ご飯買ってたら綾瀬君がここに向かってるのが見えてさー。そう言えば綾瀬君って昼ご飯の時たまにいなくなるなーって思って。気になってつけてきちゃった」


 えへへーと笑いながらお弁当を開く桜木さん。

 僕なんかをつけてきて何が楽しいのだろうか……。え、ってか今更だけど


「さ、桜木さんここでお弁当食べる気なの!?」

「え……いや、ここまで来て食べない方がおかしいってー。……あっ、それとも綾瀬君は私とお昼一緒じゃ……嫌?」

「嫌……っていう訳じゃ……ないけど」

「じゃあ、決定ー」


 パチンと手を叩く桜木さん。またペースに乗せられてしまった。


「僕は良いんだけれど、その……月下さんと一緒に食べなくても大丈夫なの?」

「あー、蓮ちゃんは今日、陸上部のミーティングだから大丈夫だよ。それにしても、私探偵の才能があるかもしれないね。尾行しても全然気づかれなかったみたいだし!」


 そう言うと、なぜか胸のポケットから黒色のグラサンをかける。まさかのテンプレな変装。いや、それリアルでやると逆に目立つでしょ……。


「僕には気づかれなかったけれど、色々目立ってたと思うよ……」

「まぁまぁ、細かいことは気にしないでさー。早く食べよっ。私、もうお腹ペコペコのぺコリーヌなんだよねー」

「ぺ、ぺコリーヌ……?」


 僕の戸惑いなんぞ知らんぷりで、桜木さんはかけていたサングラスをしまうと、売店で買ったと思われるお弁当を食べ始めた。

 本当に桜木さんの考えている事はよくわからない。まぁ、考えても仕方ないので僕も中断していた食事を再開する。


 ……お、この唐揚げ美味しいな。

 

 ……うん、美味い。


 ……うん。


 ……。


 いや、何か話せよ僕!!!!!!!


 え? やばいやばい。いつも一人で食べてたせいでこういう時、何喋ればいいのか分っかんない!!! さっきの放送でも話せって言ってたけどやっぱ難しいって!


 沈黙はまずいよな……。早く、何か何か話さないと……。えっと……話題……話題……推しのVtuberとか……いや、分かるわけないだろ!! あの桜木さんだぞ! 絶対、かわいい動物の動画とかしか見てないって! え、何それとうと。想像したら尊。


「それにしてもいい場所だねー。私もたまにはここで食べようかなー。ってどうしたの綾瀬君!? 凄い顔してるよ!? 魚の骨でも喉に詰まった!?」

「あ……いや、大丈夫。ちょっと何話したら良いか分からなくなっただけ」


 すると、プッっと吹き出す桜木さん。え? 何か僕、おかしいこと言った?


「いや……ぷぷっ、あまりにも深刻そうな顔してるからついつい笑っちゃった……」

「ほんとコミュ障でごめんなさい……。でも、桜木さんのこと僕、あんまり分かんないし……」

「へー、私は案外知ってるけどなー」

「え?」

「なーんてね」


 予想外の発言に一瞬戸惑った自分が恥ずかしくなる。何鵜呑みにしているんだ。冗談に決まってるじゃないか……。

 僕が顔を赤くしている横で、桜木さんは話を続ける。


「そうだなー。じゃあ、まずはお互いを知るところから始めようか! そうだな……今日、金曜日だし……。休日とかは何してるの?」

「基本家でゲームしてたり……後は、ラノ……読書したり、アニメ見たりかな」


 我ながら怠惰な休日の過ごし方だな……と思ったが、桜木さんはコクコクと頷きながら話を聞いていた。


「ふむふむ……。綾瀬君らしい過ごし方だねー。そういえば私もつい最近ゲーム買ったよ!」

「そうなんだ。どんなゲーム?」

「ほら、あの女優さんがCMでやってる運動のやつ。結構きつくてすぐバテちゃうんだよね。綾瀬君はどんなゲームやるの?」

「えっと……最近はFPS……とか」

「……? スマホとかについてる場所が分かるアプリのこと?」

「それはGPS……じゃない?」

「冗談冗談。私もそれぐらい知ってるよー。あれでしょ、銃のゲームでしょ?」


 思わず突っ込みをしてしまったことは置いといて、桜木さんもFPSをやったことあるのは意外だった。


「私、前にお兄ちゃんがやってたのやらしてもらったことあるんだけどさ、下手くそ過ぎて勝負にならなかったな……。あっ! そうだ! 良いこと考えた!」


 ポンと手を叩く桜木さん。


「日曜日、一緒にゲームしない? 綾瀬君がいたらきっと百人力だよ!」

「え……?」

「ダメ……かな?」

「だ、ダメじゃない……」


 こんな美少女に上目遣いをされ、心を掴まれない男性がいるのだろうか。いや、いない。まさかさっき習った反語が出てくるとは。


 それに、何でも完璧にこなす桜木さんに頼られる日が来るなんて思わなかったし、そもそも人にあまり頼られたことが無かったから素直に嬉しかった。……チョロすぎないか? 僕。


「やったー! よーし、これで私もチャンピオンになれる日がついに来るという訳だね! っとなると……連絡先は交換しといた方が良いよね。綾瀬君SNSやってる?」

「ま、まぁ……」


 まだドキドキしているのがばれない様にスマホをポケットから取り出すと、桜木さんは慣れた様子でスマホを振り振りし、連絡先を登録した。


 返って来たスマホにはしっかりと『kaoru』と文字が表記されている。プロフィールの写真は月下さんとのツーショット。


「じゃあ、日曜日楽しみにしてるね!」


 そう言うと、桜木さんは手で銃の形を作りこちらにバンバンと言いながら向けてきた。

 そのお茶目な姿に、僕は胸の内にある何かが撃ち抜かれそうになるのを耐えるので精いっぱいだった。

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