第6話 1ヶ月の転校生


 二学期が始まって、しばらくして転校生が来た。男の子で玉井さんだ。


 マキトは小学4年生、二学期の学級委員をしている。担任の奈津子先生がそっと近寄って「玉井さんと仲良くしてね」囁いた。

 その日からマキトと玉井さんは一緒に掃除当番や花やうさぎの世話をすることとなった。


 玉井さんの家は貧乏だった。

 学校は制服ではなく服装は自由。生徒は好きな服や靴やバッグで登校してくる。


 ある日、急な夕立ちでずぶ濡れになった次の日、からりと晴れた日に玉井さんは雨靴を履いてきた。外靴が一足しかなくて乾かなったからだ。

 クラスの男子の何人かが「晴れてるのに雨靴♪晴れてるのに雨靴♪」歌にしてバカにした。


 玉井さんが新しいバッグで登校してきた。前のバッグはかなり汚れて傷んでいた。普段表情を見せない玉井さんだが新しいバッグを手にして嬉しそうだ。

 しかしマキトは嫌な予感がしていた。男子が玉井さんに言った。

「玉井さん、新しいバッグだね。そのバッグはみんな知ってるよ。スーパーのショーウィンドウでずっと売れ残って安くなってたバッグでしょ!良かったね。売れ残り〜♪売れ残り〜♪」囃し立てた。玉井さんはカバンを隠すように胸に抱いた。


 10月に入った。マキトはクラスで給食代を集めていた。生徒一人ひとりからお金の入った紙封筒を預かり、先生から渡された布袋に入れていった。

「玉井さんからは貰わなくていいからね」と先生から言われていた。できるだけ自然に玉井さんの前を通ったつもりだったが、目敏い生徒が

「どうして玉井さんは給食代を払わないのですか?」クラス中に聞こえる大きな声で言った。

 玉井さんは下を向いて目と口をぎゅっと閉じた。本当は耳も両手で塞ぎたかったに違いない。


 運動会の日、午後になり保護者も注目の50メートル走となった。1グループ6人で競争する。マキトの走るグループは玉井さんをいじめる男子たちと玉井さんだ。

 練習のときマキトはいつも1番だった。玉井さんは変な走り方でいつもビリだった。


 本番前、走る順番を待っていたマキトが玉井さんの靴の甲を見ると不自然に膨らんでいる。

 --靴が小さいのかな?足も痛そうだ--


 マキトたちの番が来た。場内にアナウンスが流れた。

「次のグループ、スタートラインに立って下さい」

 一緒に走る男子たちがスタートラインに歩いてゆく。その時、マキトは靴を脱いだ。スタート係の先生が

「靴を履きなさい」と言ったが無視した。

 グランドに靴下で立つマキトは玉井さんを見る。目が合った玉井さんも少し考えてから靴を脱いだ。スタートラインについた。

「よーいドン!」一緒に走り出す。


 マキトはいつものようにスタートから先頭を走る。横を見ると玉井さんだ。玉井さんは早かった。本当は早かった。今まで靴が小さすぎて痛くて走れなかったんだ。

 靴下の二人が他の生徒をぐんぐん離してゴールした。

 玉井さんは微笑んでいた。いつもビリだったのに2位になったから微笑んでいるのではない。痛い小さな靴を脱いで思いっきり走れたから微笑んだのだ。


 50メートル走以降、玉井さんはバカにされることが少なくなった。

 しかし、それからすぐ玉井さんは転校して行った。

 1ヶ月だけの同級生をみんなはすぐに忘れた。玉井さんもこの学校のことを忘れるのだろうか。新しい学校でもきっといじめられているだろう。でも自分に合わない靴を脱いで思いっきり走ったことだけは覚えておいてほしい。そうマキトは思った。

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下りの道だから思えること 糸島誠 @BerukPapa

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