第一章 道先案内人のガレナ編

第1話 道先案内人

 ガレナは十二歳の儀式でスキル【合気】を手に入れた。しかしこのスキルは多くのスキルが持つ進化や派生が全く出来ないハズレスキルであった。


 ガレナは山に籠もり十年修行雨を続けた上で、ある冒険者との出会いから冒険者になるという夢は諦め育ての親である親の道先案内人の仕事を手伝うこととなる。


 それから――更に半年の月日が流れた。


「ガレナ。お客さんが入ったよ。お願い出来るかい?」


 その日、道先案内の仕事が入った。この町では道先案内の仕事は需要がある。叔母のミネルバはかつて冒険者だった時に結構な実力者であり大陸を端から端まで渡り歩いたこともある。その経験がこの稼業に生きているのだろう。


「今日は迷宮までの・・・案内だよ。出来るかい?」

「あぁ迷宮案内・・・・だな」


 ガレナは叔母のミネルバから仕事を任された。つい最近までは簡単な案内程度で済まされていたが、どうやら少しは認められたかも知れないとガレナは少しうれしく思った。


「依頼者はD級冒険者よ。目的地は東の岩窟迷宮。いける?」

「大丈夫。迷宮も把握している」


 こうしてガレナは冒険者相手の道先案内人を引き受けることとなった。


「しかしD級冒険者か。俺の案内など役に立つのだろうか――」

 

 そんなことを呟きつつ依頼者である冒険者のもとへ向かった。冒険者は冒険者ギルドにいた。

 

 かつてはガレナも夢見た冒険者の巣窟だ。今となっては全てが懐かしい。ガレナにはもう迷いはなかったが、ここに集まる全ての冒険者が師匠を超える存在だと考えると少々緊張する。


 勿論だからといって仕事をやめるつもりはない。今では叔母のやってきた仕事の偉大さを身に沁みて理解している。中途半端な真似はしない。ガレナはそう心に決めていた。


「あんたが俺たちの案内をしてくれるって道先案内人かい?」


 ガレナに向けて声を掛けてくる男たちがいた。前情報にあったとおり三人の男たちによるパーティーだった。


「おいおい、なんだか頼り無さそうだけどそんなんでこの三勇漢さんゆうかんのサポートが務まるのかい?」


 依頼人の一人が訝しげな目を向けてきた。ガレナはこれでも十年以上修業を続けてきた。だが合気に関して言えば見せるような筋肉は必要とせず寧ろ邪魔だった。故にパッと見ではあまり強そうに見えないのである。


「何か年の割にエッロい美人がやってるって聞いたんだけどな」


 もう一人が残念そうに言ってくる。ガレナの叔母のことだろう。叔母のミネルバはその美しさもあってか人気がある。もっとも見た目だけでなく仕事もしっかりしていたからこそ依頼が途切れずにいるのだが。


「――道先案内人としての仕事はきっちりこなしてみせる」


 ガレナは表情も変えず淡々とそう答えた。勿論相手はD級冒険者だ。一体どれほどの実力者なのか師匠を基準に考えるガレナには想像もつかない。

 

 だが仕事には手を抜かない。どんな相手にも満足出来る内容を示さなければ叔母のメンツを潰すことになる。

 

 だからこそガレナは自分に言い聞かせる為にもはっきりと彼らに意欲を伝えたのだ。


 ただ、残った一人からは愛想が悪いななどとボヤかれてしまった。


 もっともガレナはあくまで道先案内人。依頼人とは一歩引いたぐらいの感覚で俯瞰的に接した方がいいと心得ている。


「言っておくけどな仕事がきっちりしてなかったら減額にさせてもらうからな」

「心得ている。それでは岩窟迷宮までの案内を始めても?」

「あぁ。場所はこっから南西に進んだ先にある」

「東では?」


 男が迷宮の方角を示すが東にあるのはガレナも知っていた。


「はは、流石にそれはわかっていたか」

 

 どうやら男はガレナを試すつもりだったようだ。先程仕事次第では減額と言っていたがここで何も言わず進もうとしたらそれを理由に依頼料を減らされていたかもしれない。


(流石D級冒険者ともなると抜け目ないな)


 ガレナが考える。


「とりあえず迷宮までの道のりでは余計な魔物との遭遇は控えたいところだが、大丈夫か?」

「問題ない」

 

 ガレナはそう答え彼らの荷物を持ち、先頭に立って案内を始めた。


 街を出て森に入りちょっとした山道をたどることとなった。こうして一度も魔物に出会うこと無く迷宮の前に辿り着いた。


「え? 本当に一度も会わなかったのか?」

「幾ら魔物が少ないルートといっても雑魚の一匹ぐらい遭遇するのが普通なんだが……」

「お前、運がいいんだな」

 

 三人はガレナの運がいいと判断したようだ。もっともガレナはこのパーティーの要求通り合気を利用して魔物がいないかつ最短のルートを進んだわけだが。


「ふむ、合気――」


 その時だった。ガレナが合気と口にし、途端に山が動いた。


「何だ地震か?」

「いや。少し山がずれていたようだから戻しておいた」

「は? 山をずらした? ハハハッ何だお前そんな冗談が言えたのか?」

「ムッ……」


 冒険者が笑い出したことでガレナはしまったと思った。なぜならD級冒険者であればこの程度気がついて当然な筈、とガレナは考えたからだ。


 それが全く何もしなかった以上、ずれてることにも意味があったのかもしれない。


「もしかして余計なことをしてしまったか。冒険者であれば山のずれの一つや二つ軽く戻せるだろうしな」

「はは、まだ言ってるよ」

「まぁそうだな。俺らは巨大な山のような巨人だって幾度となくぶっ倒してきたぐらいだ」

「なんと――」


 流石冒険者ともなるとやることが豪快だとガレナは感心した。


「あんまり適当なことを言うなって」

「話をあわせてやるのも優しさだろう?」


 冒険者達がガレナに聞こえないぐらいの声でささやきあった。ちなみにガレナは盗み聞きなどは失礼にあたると考えているので自分にはっきりと向けられた会話以外は余程のことがない限りは聞かないようにしていた。


「まぁ途中がどうあれ迷宮こそがメインだからな」

「腕がなるぜ」

「ところでこれからの迷宮案内についてご希望はあるかな?」


 張り切る冒険者にガレナが聞いた。道先案内人は依頼人の希望に可能な限り答えるのも大事な仕事だ。


「うん? どういうことだ?」

「仕事は迷宮案内と聞いている。だから迷宮の中で何か希望があれば聞こうと思ったわけだ」


 ガレナの発言に三人の冒険者が目をパチクリさせた。


「いや、迷宮までの」

「待て待て」


 一人がガレナに何かを指摘しようとしたが、他の二人が止めた。


「いいじゃねぇか。折角そう思ってるならよ。迷宮を案内出来るなら助かるし荷物持ちもやってくれるかもしれないだろう?」

「あぁなるほどな」

「へへ、どうせならよ」


 こうして話がついた三人がガレナに改めて話しかける。


「またせたな。だったら迷宮内で罠に引っかからず魔物にも出会わずそれでいてお宝だけは全てゲットして最深部のボスまでいけるルートで頼む」

「はは、そりゃ無茶だろう」


 ニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべてガレナに要求を伝える屈強な男。それに小柄な男が笑って返した。


 迷宮内は基本複雑な構造をしており魔物も多く跋扈している。更に下の階に行けば行くほど罠も増える。今回攻略しに来た迷宮はさほど難易度は高くないがそれでも一切魔物にも罠にも引っかからないルートは無理があると彼らもわかっていた。

 

 勿論そのためにこのパーティーには罠解除のスキルを持った男もいる。


「わかった。それならば希望に沿ったルートで向かおう」


 だがガレナは事も無げに答えた。三人の冒険者が目を丸くさせる。


「いや、本気にしなくても」

「待て。ならもし今言ったとおりに出来なかったら減額でいいな?」

「構わない」


 ガレナの答えに三人がしめしめといった笑みを浮かべた。


(どうやら俺はまだ試されているようだな。いやもしかしたら――)


 一方でガレナは彼らの真意をはかっていた。今彼らが言ったことなどD級冒険者であれば難しくないと思われるがそれでもなおガレナに頼むということは道先案内人としての実力を測ろうとしているに違いない。


 更に言えば今後仕事を依頼する価値があるかどうかも検討しているのだろうと考えた。失敗は出来ない――ガレナは一人自分に言い聞かせた。


「ところで案内人は引き続き荷物持ちもやってくれるんだよな?」

「今回はそういった契約も含まれてるので問題ない」


 道先案内人は文字通り道を案内するのが仕事だが、オプションで荷物の運搬も行っている。この場合運ぶ量で料金に上乗せされる形を取る。もっとも普通は目的地までの仕事ではあるが。


「それじゃあ無事お宝をゲットした際はその荷物も頼んだぜ」

「わかった」

 

 こうしてガレナの初めての迷宮案内が始まるのだった――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る