第4話 ガレナの決意

 旅の途中の冒険者から合気について教わってあっという間に十日が過ぎた。柔和な見た目と異なり、彼の指導は予想以上に厳しかった。


 この十年間でも死にそうな目にあいながらも鍛錬を続けてきたつもりだったが、これまでの十年間がまるでお遊戯だったが如く内容の濃い修行をつけてもらうことが出来たのだ。


 そして、ガレナを中心に万を超える丸太が四方八方から超高速で飛んできたところであり――


「合気――」

 

 しかしそう口にすると大量の丸太はガレナに当たることなく軌道を逸し丸太同士がぶつかり合い砕け散った。


「見事です」

「はは、ありがとう」


 手をパチパチと打ち鳴らし、合気について教えてくれた冒険者がガレナを褒め称えた。


「随分と自然に合気がコントロール出来るようになりましたね」

「いや、俺なんてまだまだだ」

 

 ガレナはそう言った後、すぐ近くで流れる滝の前に立ち軽く手を添えた。


「合気――」


 ガレナが口にした瞬間、落ちていた滝が流れを変え昇っていく。言葉に込められた重みがこれまでと比べ明らかに進化していた。


「この程度なら出来るぐらいになったがまだまだ納得のできるものではない」

「ふむ。なるほど。これは先が楽しみですね」


 そう言ってガレナに合気を教えてくれた師匠が嬉しそうに笑った。そしてその夜、ガレナに向けて彼が切り出す。


「私は明日にはここを発とうと思います」

「え?」


 その発言にガレナが驚く。勿論最初から彼は少しの間教えてくれると言っていたわけで、むしろ十日も修行を付けてくれたのだから文句も言えない。


「基本的なことは全て教えました。ここから先はあなた次第です」

「……はい。がんばります」

「ふむ。ところで、何か迷いがありますか?」

「え?」


 虚を突かれ驚くガレナに向けて静かに彼が続けた。


「確か貴方は冒険者になるのが夢でしたね。それは今も変わりませんか?」


 続く質問に即答できないガレナがいた。だが、黙っていては失礼かとガレナが答える。


「幼い頃に両親をなくした。それからは冒険者だった叔母が引退して俺を育ててくれた。今は道先案内人をやってるが俺はその手助けをしてやりたい。そのために力を付けたかった」

「なるほど。ですが、それは冒険者ではなければ出来ないことなのですか?」

「……それは――」


 喉がつまる。思えば合気の修行を続けている内に、冒険者になりたいという気持ちが本物なのか迷うことがあったのも事実だった。


「ふふ。迷うのも大事ですよ。ですが合気を身につけるためにここまで愚直に頑張れた貴方ならどんな選択をしても結果はついてくるはずです――」


 その言葉にどこか救われた気持ちにもなるガレナであり、そして明朝、ガレナは最後に彼に一つお願いした。


「俺と手合わせしてくれないか?」

「……いいでしょう」


 そしてガレナが今となっては師匠とも言える彼に挑み、そして――


「はぁ、はぁ、ま、参った」

「ありがとうございます。私も久々に楽しい時間を過ごせました」


 ガレナは手も足も出ず敗北した。だが、何故かとても清々しい気持ちでもあった。


 そしていよいよ別れの時――


「あ、そういえばまだ名前を聞いてなかった! あの――」

「何。私はしがない流れのF級冒険者。名乗るほどのものじゃありませんよ」


 最後に名前を聞こうとしたガレナだったが、そう言い残し彼は去っていた。後に残されたガレナは愕然とした気持ちにもなっていた。


「F級、あれでF級冒険者……」


 信じられない思いだった。ガレナも完璧ではないが冒険者の制度について多少は理解していた。確か冒険者のランクは最高がSその下はAから順にB、C、Dと下がって行くはずである。


 つまりF級となると――


「あれでも、冒険者では下の方なのか。はは、アハハハハハハハハッ!」


 そして笑った。ひとしきり笑い、改めて彼の去った方に向けて頭を下げた。


「さて、俺も流石に戻るか」


 そういったガレナの顔はどこか清々しいものだった。


 そして町に戻ったガレナだったが十年振りの帰還に随分と驚かれたものだ。そして家につくなり深々と叔母に頭を下げた。


「長いこと戻ってこれなくて本当に申し訳ない!」

「ふふ。いいわよ。別に梨の礫だったわけでもないしね」


 叔母はあっさりと許してくれた。


「というか、定期的に声だけ送ってこられるのも照れくさかったしね……」


 ガレナは合気を上手く使って山から声だけ届けていた。それは町の人にも聞こえるぐらいは大きかったので叔母も気恥ずかしかったようだ。


「それでもういいの?」

「……まだまだ未熟だが、ここから先は日頃の鍛錬が大事だ。それよりこのまま何もしないわけにもいかない」

「なら、いよいよ冒険者に?」


 確認するように叔母が聞いてきたが、しかしガレナは首を左右に振った。


「ずっとそれが一番だと思ってた。だが――中途半端な気持ちじゃF級冒険者にも届かない。だから俺にこの仕事を手伝わせて欲しい」


 仕事を手伝いたいと願い出るガレナを叔母がじっと見据える。


「……妥協ってわけでもなさそうだね。いいよわかった。でも、この仕事もそんなに甘いものじゃないからね」

「それは勿論、わかっている。やるからには本気でやるつもりだ」


 こうしてガレナは冒険者ではなく道先案内人としてやっていくことに決めたのだったが――


「それにしてもあの子、おかしなことを言うわね。冒険者の最低ランクはE級なのに――」


 ガレナが部屋を出た後、そう独りごちるミネルバであった――

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