第7話 斎藤道三の本領発揮

「命と一緒に、言葉も失ったのか? 信虎よ」

「ふん。死にぞこない一人残して、本当に行きおるとはな」


「どちらも同じ死にぞこないよ。じゃが、悪いが死ぬのはお前だけじゃて、

どうやって信虎の体を乗っ取った? 容易に出来ることではあるまい」


「何も解って無いようだな。妖魔化を熱望したのは、信虎のほうよ」

「熱望すれば誰でも妖魔になるのか?」

道三は元々は僧侶であった為、話を聞き出す方法を会得していた。相手の言葉を引き出す術に、長けていた。


「信虎は元々強い武将だった。そして今も生きている。姿もそのままなのが、その証拠よ。俺は妖魔でもあり信虎でもあるが、信虎は元来、残虐な男だった。だから俺は

妖魔人ようまじんになったのよ」


「その妖魔人とやらになった方が、強くなるのか? おぬしは元々強い妖魔であったろうに、信虎如きで満足なのか?」


「ふん。妖魔人になるのは難しい。そしてお前は分かってないが、妖魔よりも妖魔人になったほうが遥かに強くなれるのだ。信虎自身も、人間の中では相当強いほうだったからな。多くの妖魔が信虎と、妖魔人になりたがったほどだ」


「信虎も生きておると言っていたが、どういう意味じゃ? 姿形は確かに信虎そのままだが、人格までは残っておるまい?」


「お前の言う通りよ。生きているというのは、あくまでも姿形だけよ」


「わしにはよく解らんが、おぬしほどの妖魔なら、本来の妖魔の姿のほうが強くなるじゃろう?」


「強さだけで言えば、お前の言う通りだ」妖魔は話を切り上げるように、突然、黙った。それは明らかに、何かを隠した言い方だった。


「わしはこれでも大名でな。じゃが、もう思い残す事も無い故、此度の戦に出てきたんじゃが、お前さんを見て、正直来るんじゃなかったと後悔しておる」


「何故、後悔しているんだ?」


「お前さんのように、妖魔がこれほどまでに恐ろしいと知っていたなら、誰でもそう思うじゃろうて」


「ふふ。姿を見ただけで恐ろしいのか?」

「おまえさんが思う以上に、恐ろしくて内心後悔しておる。お前さんが王だと誰もが思ったはずじゃ、伝令に来た兵士も、お前さんの事を王だと言っておったぞ」


「残念だが、俺は王じゃない。妖魔の頃から強かったのは認めるが、妖魔人となった俺は以前よりも強い。そして俺は二度と封印されることは決して無い」


道三は波を模した前立ての兜を深く被り、その鋭い眼光を隠して考えた。

(封印されないだと? ふーむ……もしや、半分は人間だからか? これ以上は話を引き出せぬだろう。ここは先陣の幕舎だ。妖魔人になって強いものなら後陣に回るのが普通だ。だが、先陣に飛ばされたと言う事は、力量は知れておる。そろそろ婿殿に合流せねばならぬし、頃合いだな)


「最後の戦いで、おぬしの力を見せてもらおうぞ」道三は笹と穂のような刃の笹穂槍を手に、そのまま妖魔と化した信虎に歩み寄った。信虎が刀に手を懸けた瞬間に、槍先とは真逆にある石突の部分で、信虎の兜を下から突くようにして、飛ばした。そのまま槍を片手で素早く回転させて、刀に手をかけようとした右手を、切り落とした。


そして、乱れ突きを両肩と両足に入れた後、槍をそのまま左足に突き刺したまま、疾風の如く近づくと刀に手をかけた。信虎はそれを見て、動きを止められている左足に目を向け、その身をやや前に倒して、刺さった槍に手をかけると同時に、道三は槍の柄を持ち下から穂先を振り上げた。


前かがみになっていた体と、顏の部分に、綺麗に赤い直線を残した。一番前に出ていた顎の部分からは、赤い血が噴き出した。


すぐさま、信虎は刀に再び手をかけた。道三は間合いを見切り、穂先を背中で回して、そのまま槍先で妖魔人の首に突き刺した。道三の目先ギリギリに、信虎の刃があった。道三の槍はそのまま首を横に払うと、目先まで伸びている刀の右腕を肩から斬り落とした。そして心臓を貫いた。


「霧陰! すぐに封印せよ」

「はっ」


 印章士である霧陰は、すぐに封印の術を施した。

「命は完全に無い。封印出来ないとすれば、人間の力が働いているためか、これでわかるわ」道三は油断せずに、霧陰の傍にいた。


「どうした? やはり封印出来ぬのか?」

「はい……」

「妖魔が人間の体を手に入れる事で、何が変わるか分かるか?」

霧陰は思案している表情を見せた。


「妖魔と人間がひとつになる。それによって妖魔に何が得られる……毒と毒を混ぜ合わせたような存在が妖魔人だ」


霧陰は道三の言葉を聞いて考えた。

「道三様。もしや、それが答えなのではないでしょうか? 毒と毒、故に強い毒過ぎる為、我ら印章士の力は、古来より妖魔を封印してきましたが、例え妖魔の王であろうとも、我々の中でも特に強い印章士ならば、封印出来てきました」


「つまりは強さよりも、封印されない為に、妖魔人になるということか」

「はい。それ以外に考えられませぬ」


「では全国に飛んでいる印章士と覆滅士、にも伝えねばならん。そして対処の方法としては封印術の強化を図らねばならん。ひとまずは、二人や三人の印章士で封印していくよう命じなければならぬ」


「わしと同じ覆滅士は何とかなっても、印章士は一番貴重な存在だ。数が一気に減れば対応出来なくなる」


「霧影。そのあたりの馬を飛ばして、おぬしは稲葉山城に戻って、印章士と覆滅士を早急に戻らせよ。おぬしは稲葉山城で皆を集めて、各地の情報集めをせよ。他の地の妖魔で封印できないものがおったかどうか調べるのじゃ」


「わしはこのまま婿殿の元へ行く。他にも妖魔人がおれば、わしの力も必要なはずじゃ」


「はっ。お気をつけてくださいませ」

「そなたもな」

二人はそれぞれ逆方向に、馬を飛ばして消えて行った。

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