第6話 妖魔になった武田信虎

 武田信玄の元へ伝令兵が、急ぎ足で駆けこんできて、膝をついて報告をしてきた。

「穴山梅雪殿、敵軍の急襲を受けて、討ち死にされました」


「どういうことだ?!」陣幕内に残っていた山本勘助が問い質した。


「小田原城まで何の障害も無くたどり着き、包囲する陣形を取った直後に、背後から攻めてきた大道寺政繫の騎兵隊によって、壊滅させられました」


「すぐに伝令を山県昌景に送れ! 興国寺城から出ずに城を死守せよと」

「わかりましてございまする!」伝令はそのまま陣幕から出て行った。


「氏康め、既に南にまでも配備しておったか」

「どう動くのが最善だと、其方は思っておるのだ?」山本勘助に問いかけた。


「私個人の意見でよろしければ、お答えできます」

「申してみよ」


「私の考えでは、おそらく甲斐が制圧されることは、無いと考えておりまする」

「その方も、我と同じ考えか」


「やはり御屋形様もそうお考えでしたか」

「うむ。あの者ほど頭のキレる男はおらぬ。北条の陣営は強力だ。しかし、真田幸隆は更に上手である」

山本勘助は深く頷いた。



 真田幸隆は、信玄や勘助の読み通り、既に甲斐に入っていた。そして各地に兵を配して、幾重にも策を張って、静かにお茶を飲みながら待っていた。彼の居城は甲斐よりも更に北上した場所にあった。上杉謙信と武田信玄の中間辺りに城を構えていた。


平地である為、甲斐まではすぐに着くことは出来たが、北条の軍勢が取った道は、登りの坂道であった。たどり着いた頃には、騎馬に跨る北条綱成は別として、兵たちは使い物にならないほどの強行軍である事も、分かっていた。全てが分かっている男は、時をゆっくりと待ちながら、静かにその時を待っていた。



 その頃、織田信長は松平家康と合流を果たしていた。信長と肩を並べていたのは、斎藤道三であった。槍の名手で、未だ誰にも負けた事の無い実力者であった。

彼は死地としては最高の場所だと、織田信長を説得し、斎藤家から唯一人で参戦した。松平家康は多くの軍勢と共に、妖魔のいる松平家の旧領土を、やっと取り返せると意気込んでいた。


織田家と松平家の全ての、印章士と覆滅士も参戦していた。信長は斎藤道三の言われた通り、明智十兵衛光秀と竹中半兵衛に、自領内の妖魔退治は任せて、自軍の印章士と覆滅士を連れてきていた。その行為は、二人の信頼の証でもあった。


一番身近にいた松平家康はから、妖魔の話は聞いていたが、信長と道三は実感の無いまま進んでいた。まず最初は妖魔尖兵と呼ばれる弱い妖魔がいて、我々と同じような構成になっていると聞かされていた。


それ故、雑魚である妖魔尖兵は、こちらの足軽隊や騎兵隊で蹴散らして、副将たちを倒し、その妖魔の精鋭である者を倒せば、その地は浄化されると、意味はあまり分からなかったが、話だけは聞いていた。


 松平家康にも実際に体験しないと、説明は難しいとも言っていた。暫く進むと、松平家康の家臣である伊賀の忍者が現れて、状況を報告してきた。

「妖魔勢が現れました。ですが……」

「何事だ?! 早く申せ!」家康はもどかしさから、言葉を強めた。


「人間の肌の色こそ違いますが、武田信虎だと思われます」

信長と道三は、家康を見たが、家康自身も全く分からず、首を横に振っていた。


「見ずして物は語られぬ! 全軍突撃!!」織田信長の号令で、一気に騎馬隊は突撃した。妖魔兵をなぎ倒しながら、信長たちの馬速も上げつつ、敵の陣幕まで騎兵隊で押し進んだ。陣幕の一番奥に一人の武将が座っていた。奥は暗くはっきりとは、見えなかった。その武将らしき人物は陣幕から出てきた。


武田信虎を見た事の無い、信長と道三は、家康を見た。

家康は信じられぬような顔つきをしていた。そして言葉を口にした。

「確かに武田信虎です。ですが、私が見た最後の時は人間でした」

そう言葉を発する家康は、恐れのせいか震えていた。


妖魔に一番詳しかった大原雪斎は、既に死んでおり、その弟子であった今川義元も戦で命を落としていた。誰もが知らない何か重大な事が、あるのだと皆が思った。


信長はその妖魔に対して、号令を発した。

「鉄砲隊前へ! 撃てい!!」

体に数発当たり、僅かに体勢を崩したが、倒れる事は無かった。


織田信長は馬に乗せていた、鉄砲をサッと構えると、その妖魔の頭を狙って放った。

完璧に頭の眉間目掛けて、恐れを知らぬ男が発した熱い弾は、撃ち込まれた。


完全にその妖魔は倒れた。信長が近づこうとしたら、道三に槍で止められた。

「猿芝居が過ぎるぞ。殺気が漏れておるわ」

その妖魔は言葉を聞き、すぐに立ち上がった。「婿殿。こ奴らは動ける程度の負傷なら問題なく立ち上がるようじゃ」道三は馬から降りて、槍を構えた。


霧陰きりかげおぬしはそこで待っておれ。婿殿は先を急がれよ。婿殿の予想通りなら、ここにおる妖魔の王を倒さねば、とんでもないことになる。婿殿ひとりに、天下太平を任せる訳には、いかなくなりましたわ」



「道三殿のお力はまだまだ必要です。先に行っております故、必ず追いついて来られるのをお待ちしております」



「分かっておる。状況がここまで一変しては、まだここでは死ねぬ。後で追いつく故、先を急がれよ。印章士と覆滅士をくれぐれも無駄遣いせぬようにな」






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