第8話 深謀遠慮の男 真田幸隆

真田幸隆は今川義元が織田信長に敗れてから、信玄や信長の動きは、予測の範疇はんちゅう内であった為、いつでも出陣できよう、兵は既に揃えていた。


幸隆の使者は箕輪城の城主、長野業正に書状を持って行かせていた。


「長野業正殿。此度の武田信玄の動向は妖魔の王を倒す為であり、ひいては関東をも揺るがす事態に発展しかねないと、懸念しての動向であり、武田信玄だけでなく誰もが恐れる鬼神の異名を持つ長野業正殿に、御助力頂きたく筆を執った次第でございます。北条家は佐竹家と同盟を結び、真の敵である妖魔退治をせず、人間の敵である妖魔を、武田家が命を賭して戦っている間に、関東の地を不動のものにせんと北条家は動いております。我が真田家にも武田信玄から書状が届きました。しかしながら、私の力だけでは北条家の力には及ばず、関東一の強者である長野業正殿に、真田幸隆の命を以て、助太刀をお願い致したく書状をお送り致しました。今後武田家が、長野業正殿に迷惑をかける事があれば、真田幸隆すぐにも参上し、先陣をうけたまわる所存にございます。此度の件、何卒宜しくお願い致します」



「真田幸隆殿の御使者よ。業正、確かにお引き受けたとお伝えくだされ」

「はっ、即断して頂き幸隆に変わり、お礼を申し上げまする。戦が終わった暁には、真田幸隆自身がお礼を持って、長野業正殿に御挨拶に伺います」


「信玄公に妖魔退治に全力を持って当たるよう、お伝えくだされ。過去の動向よりも、未来の動向を優先するべきであると、長野業正が申していたとお伝えください」


「御理解頂き誠にありがとうございます。その御言葉、確かに信玄にお伝えいたします」

使者が帰った後、長野業正はすぐに出陣の用意をさせた。


 真田幸隆はこうなる事態も予測して、北条と同盟を結んだ佐竹家に、北条へ援軍要請させるべく、信玄が出陣後、すぐに使者を飛ばしていた。


文面はほぼ同じであったが、佐竹家を各所から攻め込ませ、北条に援軍要請を絶対にさせるよう、東北の相馬義胤には北から、会津一円の勢力を誇る蘆名盛氏に使者を送っていた。


 北条家は武田信玄の命綱である甲斐を制圧後、佐竹家に援軍を送り北上の地を制圧させつつ、自らは肥沃な土地である地や、南の港を制しようとしていた。しかし、あまり北に出ると、文武両道の智将、長野業正を敵に回す事になる為、甲斐への山道のふもとにある砦を制して、それ以上は甲斐を落としてから、思案しようとしていた。


真田幸隆は北から甲斐へ入り、山道の砦は小さいが重要な場所であった為、智将、長野業正ならすぐに落とす事も予測し、自らは北から入って館には入らず、勇将、北条綱成が来るのを、武田信玄の駿府攻めの際に通った、南への通路を固めていた。


北条綱成が山道を登りきった所で南から急襲し、応戦している間に、逃げる為の通路

から長野業正が背後を突き、北へ逃げるしかないよう全て手配済であった。


北へ逃げても、本国である小田原城どころか、どこにも味方がいない状況になる為、北条家にとって一族でもあり、北条綱成ほどの勇将を助けるには、真田幸隆と長野業正の近くの道を通るか、北上し甲斐から南西への更に険しい山道を通って、松平家康が制圧した長篠城を、仮に攻め落としても、本国へ戻るには、遠江の領土と妖魔の支配地である、駿河を通らなければならなかった。


 しかも、妖魔だけでは無く、織田、松平、斎藤家の連合軍もいる状況で、小田原城と甲斐は近い所であった故、食料も数日分しか持って来ていなかった。



真田幸隆は予定通り全ての事を、あらかじめ用意して、万全を期していた。



 武田信玄は真田幸隆を信じて、予め駿河制圧後、遠江とおとうみの妖魔軍を分断させるよう、興国寺城を占領した後、遠江の妖魔が入って来させないようにする為、居城である駿府城に、多くの今川家の兵がいると思っていたが、隣国をあっという間に制圧した妖魔軍を怖れて、殆どの兵はいずこかに逃げていた。被害も僅かしか出なかった為、武田軍はすぐに、駿府城の背後から攻め込んだ。



斎藤道三も織田信長に合流し、すでに後陣まで攻め込んでいたが、先陣を切った柴田勝家は負傷し、本国に戻されていた。三つの敵の後陣には妖魔人と化した三人の武将がそれぞれ守っていた。


今川家の四天王であり、剛勇の将として名を轟かせていた岡部元信。

そして忠義の臣である朝比奈泰朝。


柴田勝家は岡部元信との戦いで負傷したが、中央の陣にいる男は、陰に隠れてハッキリとは見えなかったが、死んだはずの太原雪斎がそこにはいた。

「家康殿。あれは大原雪斎ではないのですかな?」

「道三殿の言う通り、あれは大原雪斎に間違いありません」

「今川義元よりも、随分前に死んだと聞いていたが、妖魔人として生きていたという事になりますな。厄介な相手になりそうだ」


「婿殿は右陣を、家康殿は左陣を攻めてくだされ。中央はわしにお任せあれ。両陣を早めに落として手助けがあれば有難い。武田の軍もそのうち参りましょうぞ」


「わかりました。義父殿、ご用心くだされ」

「この歳になっても生き甲斐を感じるとは、思いませんでしたがな」

斎藤道三は不敵な笑みを浮かべていた。

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