第47話 エピローグ1
「…………」
本来ならば、急いで退散すべき状況なのだが、俺の視線がイブリースを捉えて離さない。
「どうしたの、明日斗くん?」
まぁ、こうなることは分かっていた。
分かってはいたんだが、俺の頭の中でイブリースを殺せと、悪魔を許すなと金元の怨嗟の声が反芻する。
悪魔は悪魔でも、イブリースは平和を壊すような悪魔じゃないだろうに……。
だが、金元の怨念はそんな事は関係ないとばかりに、俺の意識を強く侵食してくる。
世界を壊すだけの可能性があれば、それは淘汰されるべき悪だとでもいうのか。
まるで、聞かん坊の子供のように殺せ殺せと強い意志を送り込んでくるばかりだ。
頭が割れそうになるぐらいの苦痛が俺を苛む。
「だ、大丈夫? 顔色凄く悪いけど……」
「うるせぇ……」
「え、あ、ゴメン?」
「いや、そうじゃなくて……」
『殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ――』
……本当、鬱陶しいな!
大体だ。イブリースを殺した所で世界なんてコレっぽっちも平和になんてならない。
むしろ、コイツが抑止力として働いている方が平和なんだ。人間好きの悪魔が悪魔のトップなんて、そうある事でもないだろう?
それを自ら摘み取って、世界に争いの火種を撒く気か。
『殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ――』
…………。
待て、落ち着け。良く考えろ、金元。
コイツはむしろ利用出来る奴だぞ?
グラシャラボラスで分かるように、力を手に入れようとする危ない悪魔は、誘蛾灯に近寄ってくる蛾のようにイブリースに接触してくるんだ。
世界の平和を守るというのなら、そんな危ない悪魔たちを狩れば良い。
言うなれば、イブリースは悪魔ホイホイ。
便利な道具を粗末にするというのは、どうにも躊躇われることだろう。
なぁ、神の真理よ? そう思うだろう?
『殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ――』
…………。
駄目だ。話にならん。
「イブリース」
「ん、何? そろそろビルの中に戻る?」
「迷惑掛けたとしたらスマン」
俺はそう言うなり、全力で自分の顔面を殴ると、その頭部を血と脳症の
〓 22 〓
私……佐藤イブリースが、次の日の昼頃に登校すると、教室に居た多くの人間から変な目で見られた。
登校が遅れたのは、昨日の一件……タワマンに住んでいた人間の何人かが行方不明となった件について、警察に事情聴取を受けていたせいなのだが、そういえば誰にも遅刻するという連絡をしていなかった事を、教室に入った時点で思い出した。
いや、そもそも最近の携帯電話が悪いのだ。
沢山機能があり過ぎて、どれがメールで、どれが通話だか分からなくなる。
私はそんなに頭が良く無いのだから、あんなに分厚い説明書をセットで付けられても理解できるわけがないのだ。
だから、遅刻の連絡が出来なかったのは、私が悪いわけじゃなくて、文明の利器が悪い。
そして、私は悪くない。うん。
そんなわけで、今日はもう登校して来ないんだろうなと思われていた私がお昼の時間に唐突に現れたものだから、教室の中は騒然とし始めた。
何で遅刻したのか、聞いても良いものなのかどうなのか、躊躇われる空気。
いや、遠慮をしないで?
そこは、説明がてら聞かせてあげるよ?
ちなみに、昨晩、私のマンションで起こった事件のほとんどは行方不明事件として、その場に住む者の認識を改竄してある。
正直、直接戦闘は苦手だけど、こういうのは得意なんだよね。
死んじゃった人には申し訳ないけど、行方不明者として一生音信不通になってもらうしかない。
……うん、随分と勝手な話だ。
結局、私が巻き込んだようなものなのに、私がやれる事といえば、それぐらいだ。
後は、自己満足だとは思うけど、死者となった者たちは迷わないように、来世へと送ってあげていることくらいか。
次の人生では幸福な未来が待つ事を願うばかりである。
「いや、え? なんで……?」
結局、誰にも声を掛けられないままに自席に着くと、何故か隣の席から戸惑った声が響く。
昨日の大惨事を作り出した元凶が、そんな頓珍漢なことを言っている。
「何でって、どういうこと?」
私が聞き返すと、明日斗くんが小声で返す。
「いや、お前、死んだんじゃなかったのか?」
「…………」
私は答えを返そうとして、そのまま言葉を飲み込んでいた。
クラス中の注目を集めている。
その状況で明日斗くんに伝えて良いものかどうか迷ったからだ。
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