第45話 決着1

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 その違和感に気付いたのは、俺がグラシャラボラスの首を弟の首の隣に供えた直後のことであっただろうか。

「結界が消えない……?」

 血のように紅い世界は、術者の死を以て解除されるとグラシャラボラス本人が言っていたはずだが、その様子が全く見えない。

 あれは嘘だったのか?

 変化する気配すら見せない紅の世界を前にして、俺は少し離れた所にいるイブリースへと視線を向ける。

 イブリースはあの光の奔流を受けた後だというのに、まるで何事も無かったかのようにその場に平然と立っていた。

 神の真理に続く、真理探究レースの二番手という称号はダテでは無いということか。

 涼しい顔をして、その場に立っていたが、おもむろに片手で顔を覆うと、シッシッと犬でも追い払うかのように俺に向けて逆の手を振る。

「ちょっと! 明日斗くん、それセクハラだから!」

「ん? おぉ、悪い」

 改めて自分の姿を見てみれば、制服がほとんど半壊し、布切れに近い状態となってしまっている。長じて、半裸だ。

 グラシャラボラスとの戦いの前までは、ここまで酷くなかったのだが、先程の攻撃でやられたのだろうか。まぁ、普通に死にかけるレベルだったしな。

 そして、そんな俺の格好をイブリースは気にしているらしい。

 悪魔でも、こういう格好は気になるものなのか。

 …………。

 うん。チラチラと指の隙間から見ているところを見ると、どうやら気になるものらしい。

「しかし、これは参ったな。明日、学校に何を着ていったら良いんだ?」

 神の真理でどうにかならないか。

 だが、神の真理はうんともすんとも言わない。都合の良い時だけ出しゃばる余計な真理だな。むしろ、答えが無いのが答えか?

 パチパチパチ……。

 ――何だ?

 突如響いてきた拍手の音に思考が中断される。

 音の源は半壊した鉄扉の奥、マンションの屋上の入り口からだ。

 俺がその入口を睨んでいると、ゆっくりと細い影が、闇から滲み出るようにして現れた。

 あれは、エレベータの所であった女……?

 彼女は気の無い態度で両手を叩きながらも、ゆっくりと歩を進め、やがて俺の目の前十メートルといった距離まで近付いて止まった。

 視界の端でイブリースがどこか警戒して距離を取るのが見えたが、それだけ危険だという事だろうか?

 そんな感じは全然しないのだが……。

「いやはや、大したものだ」

 その声は女性特有の高さを備えてはいたものの、その口調に違和感を覚える。

 彼女はこんな話し方をしていただろうか?

 いや、そもそも数度言葉を交わしただけの彼女の口調に、違和感を覚えるというのも変な話なのだが……。

「異性相手であれば油断をするかと思えば、そんな事もなく――、憐憫や同情の類であれば絆されるものの、崩れる程ではなく――、ならば、物理的に衝撃を与えれば崩れるかと思ったが、結果は返り討ちときた――。全く。君は脆そうに見えて、どうやらそうでもないようだな」

「グラシャラボラス……」

「グラシャラボラス? コイツが? さっき殺したぞ?」

 俺が佇む生首に視線を向けると、イブリースが渋い顔で女を睨む。

「爵位持ちの悪魔は、本体以外の分体を幾つも作り出せるの。普通はひとつの世界にひとつの分体を配置するものなんだけど、の場合は少し違ったみたいだね」

 イブリースの言葉を受けて、女は然りと頷く。

「分体を増やしたのは、弟の記憶を見た直後からだ。今回の神の真理は随分と不安定に見えたので、少しつつけば簡単に侵食されて自我を失くすと思ったのだがな。予想外にしぶとい。自我を失くした抜け殻なら喰うのも容易いから期待していたのだがな……。勿論、不安定だからこそ、計算が出来ない部分もあると考えていたから、万が一に備えて、スペアも作ったというわけだ」

 つまり、コイツも、先程殺したアイツも、所詮はグラシャラボラスの分体のひとつに過ぎないという事か?

 いや、待て。

「アンタが万が一という事は、オッサンの方は違うのか? オッサンは分体じゃない?」

「フッ、例え演技であろうと、あんな情けない姿を、この私が晒すわけがないだろう。アレは、ただの住人に過ぎない。悲壮感を煽る為に相応に追い込みはしたがね」

「…………。そうかい。まるで、一匹見つけたら、十匹はいるGのように聞こえたからな。確認しただけだ」

 そして、イブリースはそんな悪魔のホイホイか?

 それとも、俺の方がホイホイなのか?

 どちらにしろ、俺にとっては話ではある。

「フッ、知らんのか? ゴキブリは古生代から生き残ってきた優秀な種だ。その表現は悪魔にとっては誉め言葉にしかならん」

 俺はさっとイブリースに視線を向ける。

 だが、彼女は全力で目の前で手を横に振っていた。

 その様子はどう見ても、『いや、そんなことないから!』にしか見えない。

 どうやら、悪魔の中でも賛否別れる話のようではあった。

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