第40話 ヒト殺し1

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 背の高さには自信がある。

 そして、それに伴って脚の長さもそれなりだ。脚の長さは一歩の距離。それを高速で回せば、即座に十メートルの距離がゼロになる。

 俺は走った。

 極度な前傾姿勢。

 倒れる事と走る事の境界線を行くかのように、重力に引かれる勢いを利用して脚を回す。

 全力で脚を回しながらも、全神経を爪先に――。

 時折混ぜるのは差し足。

 不規則に足音を消し、なおかつ吐息で足音を演出する。

「ほう」

 指を鳴らそうと腕を上げたグラシャラボラスが、その腕を下ろして椅子から立ち上がる。

「面白い。少し付き合ってやろう」

 左半身の構えを取るグラシャラボラス。

 ……強がりだな。

 恐らくは、俺の気配が希薄であるのと同時に、足音のタイミングが不規則に過ぎて、俺の姿を正確に捉える事が難しいと判断したのだろう。

 先程の技には音波を俺の中で正確にX線やマイクロ波に変換するだけの技術が要る。変換するタイミングが早すぎても、遅すぎても絶大な効果を上げる事は難しいはずだ。

 だから、俺の姿が正確に捉えられないと分かったグラシャラボラスは、近接戦闘の構えを取った。

 触れれさえすれば、致命傷を与える自信がグラシャラボラスにはあるのだろう。

 だから、その誘いに乗って拳を交わすわけにはいかない。下手に触れたが最後、どうなるか分かったものじゃないからだ。

 とはいえ、こちらも触れないとなるとグラシャラボラスは倒せないのも事実。

 だから、触れるとしても、それは最後の一瞬だけだと俺は心に決める。

 殺れると思ったその時は、刹那でグラシャラボラスの首を刈り取る。

 だから、決着は短時間でつくだろう。

 それが俺の予想であった。

「行くぞ」

「来い、小僧」

 ――と、言いつつも俺は行かない。

 足元のコンクリートを極度の前傾姿勢のままに片手で掬い取ると、それを手の中で素早く砕き、散弾としてグラシャラボラスに向けて思い切り投げ付ける。

「小癪」

 だが、グラシャラボラスは嗤いながら、片腕を前に突き出すと「喝!」と気合を入れる。それだけで無数に飛んだコンクリートの弾丸が、その場に砂状の粒子となって煙のように漂って消えていた。

 共振現象を利用した防御か? 良く分からん。

 とにかく、あのまま真っ直ぐに進んでいたら余波を受けて危なかったかもしれない。

 俺は砂煙に身を隠すようにして、グラシャラボラスの横手に素早く回り込む。

 グラシャラボラスはそんな俺の行動にまだ気付いていないのか、視線は正面を見据えたままだ。

 気配を薄くしておいて正解だった。

 俺は右腕を静かに振りかぶると、掌を広げる。衝撃を一点ではなく、掌全体で打ち抜く為の所作だ。それはまさに鮭を獲る熊のような、力士の背を張るような、そんな予備動作に近い。

(これで首を落と――何っ!)

 だが、そんな俺の行動を嘲笑うかのように、目の前が真っ青な光で覆われる。網膜を焼くかのような膨大な光の奔流は衝撃と共に俺の身体を突き抜け――……。

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