第39話 グラシャラボラス4
(波形、波、レントゲンにレンジでチン? いや、レントゲンじゃなくてX線か? だとすると、最後はマイクロ波……)
その考えに至った時、俺はあまりの出来事にぞっとする思いを止められなかった。
(グラシャラボラスは波を操って、俺を内部から破壊した?)
波と言っても、海の波の事ではない。
電波とか、放射線とか、そういった短波、長波がある電磁波の事だ。
グラシャラボラスは、恐らく腕の動きで起きた空気の振動を操って、俺の体に振動が当たる直前で空気の振動をX線に変えた。そして、そのX線が体内を透過しようとした瞬間に、更にマイクロ波に変更したのではないだろうか。
(旧日本軍で開発していた兵器かよ)
やられたことは、体内を電子レンジで加熱された事に等しい。
それが、技なのか、魔法なのかは知らないが、体内の水分子が一斉に加熱された結果、俺は全身から血を流して片膝を着いたということか。
これ、普通に考えたら死ぬ奴だ。
だが、死ななかったのは運が良かったのか、それともそこまで内部をムラなく加熱するだけの時間が無かったのか。まぁ、死ななかったのは僥倖としておこう。
ちなみに、イブリースたちに効果が無かったのは、体の構造が恐らく人間と違うからだろう。悪魔は人間に近いような体の構造をしているようだが、その構成物質まで人間に近付けていないのではないだろうか。
だから、グラシャラボラスもイブリースもダメージを受けていないのだ。
(しかし、参ったな)
とんでもない攻撃手段もあったものだ。
相手は腕のひと振りで俺の体に致命的なダメージが与えられる上に、もしかしたら波と名の付くものであれば何でも良く、ともすれば空気中を伝わる声……要するに音波ひとつで俺を殺せるのかもしれないのだ。
まさしく、「死ね」と言われたら死ぬ状況。
流石は、殺人の真理を会得したと豪語するだけある。笑ってしまうぐらいに強いと思える。
おっと、耳の血が抜けた。
だが、まぁ、原理が分かれば対抗手段がないわけではない。
「説得は諦めろ、イブリース。世の中にはどう言葉を重ねても、言葉自体を理解出来ない馬鹿がいる。そんな奴らに言葉を重ねた所で無駄だ」
「そんな事は……」
俺の言葉を否定しようとしたイブリースを遮って、俺はグラシャラボラスとの間合いを一歩詰める。
奴は強い――。
強いからこそ、殺し合うのが愉しい。
強くて自信満々の相手を屈服させるのは何よりもの快感だ。
こちらが殺されるような恐怖はないのかというと……正直ある。
死ぬのは怖い。
動けなくなるのも。
何よりも、誰も殺せなくなることに怯えている。
だが、俺の寿命が短いと聞いて、それも怖くなくなった。
殺せる時に、最高の殺しを――そう思うようになったのだ。
だから、この瞬間、俺の目の前に恐ろしいほど強い相手が出てきてくれた事に感謝を以て、グラシャラボラスに言葉を送りたいと思う。
「グラシャラボラス。アンタは多分、恐ろしく強い。重武装した軍隊に周りを囲まれたとしても、死ねの一言で全員を殺す事が出来るぐらいに……恐ろしく強いはずだ」
「ほう。良くわかっているな」
「だからこそ、あんたに言いたい」
「何かね?」
「俺を愉しませてくれ」
「……何?」
周囲を軍隊に囲まれて、全員を殺すなんて愉しい事は俺にだって出来る。恐ろしく強いのは、グラシャラボラスだけじゃないってことだ。
そして、そういう俺たちだからこそ、持ち得る悩みも一緒の筈なんだ。
「俺も少々枠から外れているせいか、なかなか全力で愉しめる機会が無いんだ。だから……」
俺は呼吸を浅くし、意識を広げ、足音を消す。
たったそれだけで、俺という存在が急激に薄まり、知覚し難くなる。
夢の中で殺し合った事のある忍者のような相手が使っていた技だ。
目の前にいるのに存在感が希薄となり、相手の対応が一手遅れる。
初めてやられた時は面食らったものだが、この程度の小細工がグラシャラボラスに通じるかは分からない。
そう、これは宣戦布告のようなものだ。
無抵抗ではやられないぞ、という意思表示である。
いや、むしろ――。
「俺を愉しませて、そして逝ってくれ」
――お前を殺すという殺人予告だ。
俺は言葉を置き去りにして、その場から極度の前傾姿勢となって駆け出すのであった。
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