第38話 グラシャラボラス3

 判然としない会話の内容を聞き齧る限りだと、イブリースが強大な力を持つ虚しさ、意味の無さを説き、グラシャラボラスはその意見を鼻で笑っているようだ。

 さもありなん。

 資産家が資産運用の難しさや会社経営の苦労を説いた所で、貧乏人にはその苦労が理解できない。糠に釘、暖簾に腕押しだ。

「力を得て、神になったとしてそれが何? 世界は差別もあるし、戦争もあるし、飢餓や環境問題もあるけど、それでも概ね安定しているんだよ。それを新たな力を得る事で掻き回して、混乱や破壊を齎して何が楽しいの? 時代が逆行するだけじゃない!」

「全ての真理を解き明かし、神を蹴落とし、新たなる神となるのが我ら悪魔の悲願だろう。それを力を得るなとは笑わせる。我らが力を得る事が肝要であり、この星に住む有象無象の存在など取るに足らんものに過ぎん。そんな存在の為に配慮など不要」

「私達、悪魔の悲願がその取るに足らない存在の中に隠されているとしても?」

「それは、目の前にいる神の真理を喰らってから考えるとしよう。求める者で無かったのならば、また次の使徒を探せば良いだけだ。その間は、世界の安寧は保たれるのだから、王としても満足だろう?」

 どこに自分が食われて満足な奴が居るというのか。

 あまりに自分本位、いや、悪魔本位的な考え方に笑ってしまう。

 イブリースとグラシャラボラスの会話が噛み合わない理由は簡単だ。

 イブリースは人間本位の考え方で言葉を語っており、グラシャラボラスは悪魔本位の考え方で言葉を語っているからだ。

 種族を考えれば、おかしいのは恐らくイブリースの方なのだろう。

 だから、グラシャラボラスは悪魔の王が相手といえども、一歩も引く気がない。

 このままでは、いつまで経っても平行線だ。

 むしろ、イブリースはこの体たらくで本当にグラシャラボラスを説得出来ると思っていたのだろうか。

(思っていたんだろうな。アホだし)

 イブリースは良くも悪くも純粋だ。故に駆け引きも計算もなく、単純シンプルに全てを考える。自分が一生懸命に説得すれば、相手も耳を貸してくれるはずだと根拠もなく信じていたに違いない。

 その性格を好ましいと捉える者もいれば、煩わしいと感じる者もいる。

 俺にとっては、どうだろう

 愛すべきアホか?

 見ている分には面白いが、関わり合いたくない相手だ。

 とはいえ、いつまでも見ているだけではいられない。態度には表さないが、グラシャラボラスは内心で苛立ちを募らせているに違いない。会話が成り立たないというのは、ストレスをためるからな。

 俺は立ち上がると、その場で頭を傾けながらトントンと軽く跳躍を繰り返す。

 こうすると、耳に詰まった水……いや、血が抜けるのだ。

「あ、明日斗くん!? 大丈夫なのっ!」

「何が?」

 あ、血が抜けて耳が聞こえやすくなった。

 反対側も抜くか。

「だって、片膝付いて、死にそうな顔してたじゃない!」

 どうやらイブリースには、俺が今にも死にそうな状態に見えていたようだ。

 確かに死にかけたが、もう体調は万全だ。耳に詰まった血を抜きながら答える。

「もう治った」

「えぇ……?」

「ほう、神の真理にはそんな力もあるのか。益々その真理が欲しくなったぞ。どうだ? 大人しく喰われるのであれば、痛みも感じずに一瞬で喰ってやるが?」

 グラシャラボラスが好きに言っている。

 しかし、なんだ。

 今まで知らなかった事だが、神の真理を意識すると情報がコトコトと頭の中に積み上がっていくようだ。キーワードがいくつも頭の中に浮かぶ。

 寄せては返す波の映像。

 真っ黒な背景に骨の形が映ったレントゲン写真。

 そして、インスタントの食品をレンジで温め直す映像。

 ……連想ゲームか?

 そういうのはやめて欲しい。

 俺だって、イブリースじゃないが、あまり頭の良い方ではないのだ。

 だから、ピンと閃かない時は閃かないのでそういうのは困る。

 だが、今回は運が良かったらしい。

 俺は、世界の真理が言いたい事を何となく理解出来ていた。

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