第28話 殺人鬼2
勿論、俺に彼女を殺すつもりはない。
俺を人たらしめているのは、人としての倫理観や道徳観念を遵守して生きているからであって、自由奔放に人を殺し回っていては、俺は殺人鬼という名の畜生に堕ちてしまうことだろう。
それは、俺自身に対する裏切りに他ならない。
とはいえ、だ。
こちらに害意が無くても、相手が俺達を傷付けないという保証は無いのだから、ある程度の対抗措置は許容範囲内だとも思っている。
「コイツは自分だけが生き残る為に、俺達を生死問わずに捕まえに来た奴だろう? そんなのにまで仏心を出してどうする?」
「ち、違います! 私は!」
「囀るな、って言ったよな?」
俺は包丁で女の首の薄皮を切る。それだけで女は大人しくなったようだ。女が抵抗出来ないようにガムテープでグルグル巻きにしながら、俺は女が持っていた小さい手提げ鞄をイブリースに投げ渡す。
「確認してみろ」
俺の言葉にイブリースが中身を確認すると、鞄の中から折り畳み式ナイフとスタンガンが出てきた。
これには、イブリースもドン引きだ。
「私、人を信じられなそう」
「元から他人なんて信じるものじゃない」
「ち、違います! それは、あのバケモノから身を守る為のもので、自衛の為なんです! 信じて下さい!」
「黙ってろって言ったよな?」
俺が包丁をこれみよがしに女に見せつける中、背後から重い物同士が激突したような音が響く。……何だ?
「き、来ます! 奴が来る……!」
ガムテープで縛られた女が芋虫状態で這いずって逃げる中で、俺の背後にあったエレベーターの扉の最上部がまるでゴムのように内側から一点を中心に伸び始める。
やがて鉄扉を突き破って現れたのは、黒く長い一本の爪だ。
人間のものではあり得ない長い爪の持ち主は、そのまま爪で串刺しにした鉄扉を横にスライドさせていく。
最初に見えたのは、誰も乗っていないエレベーターとひしゃげたエレベーターの天井部。
誰もいないじゃないかと思いかけた俺だが、ひしゃげた天井部の隙間に何か異質な物が見える。
それは、捻れた角を付けた山羊の頭蓋骨。
その眼窩からギョロリとした巨大な目玉が獲物を探すかのように、こちらを凝視していた。
イブリースがアークデーモンとか呼んでいた存在だ。
山羊頭は、俺たちの存在を確認すると、歓喜の咆哮を上げて、ガンガンとエレベーターの天井部を凹ませ始める。
どうやら、天井部と昇降機との隙間を広げて降りてくるつもりのようだ。
「この拘束を解いて! 早く逃げないと!」
「明日斗くん、そんな所に居たら危ないよ!」
悍ましいものを見たとばかりに、イブリースと女が恐慌を来たす中、俺は一人冷静にチャッ●マンのスイッチ部分をガムテープでグルグル巻きにし、火を点けっぱなしにするとスピリタスの瓶の蓋を開けていた。
広がりつつあるエレベーター天井部の隙間。
俺はそこに躊躇う事なく、スピリタスの中身をぶち撒けると、容赦なくチャッカマンの先を近付けて着火する。
アルコール純度の高い酒は一瞬で燃え広がり、天井部の隙間から見えていた悪魔の体を景気良く燃え上がらせる。
「■■■■■■■■■■■ーー!」
真っ赤な炎と黒煙のコントラストが綺麗だ。
何か良く分からん言語で叫び声を上げる山羊頭を前にして、俺は聴き入るようにして耳を欹てる。
山羊頭のそれは、恐らく悲鳴だろう。
炎に焼かれて、肉が炭化する恐怖や痛みに対する悲鳴――。
……嗚呼、何て心地良いメロディなんだ。
俺にはクラシックやジャズの良さは分からないが、悲鳴の良さは分かる。これは素晴らしい悲鳴だ。心が満たされていくのを感じる。
俺は女性陣二人と感動を共有したくて、二人に視線を向ける。あの悲鳴の此処が良かったとか、あの自信満々の叫びからの変質具合が良かっただとか、熱く語り合いたかったのだが……。
何故か、女性陣二人は白い目で俺を見ていた。
何故だろう? もっとキャッキャッと盛り上がっても良いと思うのだが。
「「…………」」
呆れて言葉も出ないという態度の二人に、俺は温度差を感じてしまう。
二人にはこの感動が分からないのだろうか。
それにしても、黒煙が流れてきて臭い。
俺は扉から突き出た爪を持って、開けられた扉を力任せに閉める。
その際に、勢い余って爪が折れたが、まぁ、エレベーターシャフト内で山羊頭が悶絶するぐらいだから別に良いだろう。
「このエレベーターは使えないみたいだから、階段で行くか?」
「「いやいやいや」」
俺の言葉に女子二人はそれは無いとばかりに、否定の言葉を吐き出す。
俺の言葉は冷静で的確だったと思うのだが、何か間違っていたのだろうか。
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