第29話 殺人鬼3

 暫しの思考を重ねていると、背後からやたらと激しい音が響き、重い鉄の扉が今度こそ無理矢理内側から抉じ開けられていく。

 どうやら、悪魔というのは皮膚を焼かれた程度では死なないらしい。

 全身に酷い火傷を負いながらも、エレベーターの天井部を破壊して降りてきた悪魔は怒りに燃える目をしながら、鋭く曲がった爪先を俺へと突き付ける。

 一本分、爪が無くなっていたが、それは些細な事だろう。

「■■■、■■■■■、■■■!」

「そうか」

 悪魔語で文句を言われても、俺には分からん。しかし、分からん事が分かったな。うん。

 俺がしたり顔で頷いていると、悪魔の爪先に小さな火が灯り、それが刹那でバレーボール大の大きさの火球に変わる。

 産毛を焦がす程の熱を間近で感じる中で、イブリースの声が届く。

「明日斗くん、避けて!」

 だが、山羊頭が火球を放つ方が早い。

 予備動作もまるで無し。

 まさに拳銃の銃弾のように放たれた火球は俺の顔面を捉えようと――したので俺は裏拳で軽く火球を払い除ける。

 ぱぁんっと軽い音が響き、火球が四散して、周囲にキラキラと踊るようにして火の粉が舞い散った。

 どうやら、拳打の勢いに負けて消えてしまったようだ。払った拳が熱い。

「随分な御挨拶だな」

 流石に無傷とはいかず、拳の皮膚が爛れているのを見て、顔を顰める。

 だが、そんな皮膚の火傷も徐々に回復していき、数秒後には手の甲に残る傷は引っ掻き傷のような一本の線を残して消えてしまっていた。

 まさに、特異体質万歳である。

 とはいえ、俺もここまで早く治るとは予想していなかった。

 最近は体の調子が悪かったと思っていたのだが、そうでも無かったのだろうか?

 それとも精神が病んでいただけで体は絶好調だったとか。

 …………。

 まぁ、いい。

 気にしても仕方無い事は気にしないようにしよう。

「いや……え? 明日斗くん、大丈夫?」

「ちょっと熱かったが、大した事は無い。見掛け倒しだ」

「いや、魔法の炎を『虫が飛んできたから叩き落としました』みたいに言われても困るんだけど! 普通、腕が炭化して焼け落ちちゃうんだからね!」

 バースデーケーキに刺さっている蝋燭の炎よりは強い炎だったが、そこまでとは感じなかった。

 多分、イブーリスの勘違いだろう。

 というか、魔法って何だ?

 俺の聞き間違いか?

「油断しないで! 来るわよ!」

 芋虫状態の女が叫ぶように、悪魔はまた懲りずに俺に指先を向けている。

 悪魔の全身からパリパリとした細い紫電が放出されるのを見るに今度は静電気か?

 どんなトリックを使っているのかは分からないが多芸な事だ。

 悪魔がゆらりと指先を俺に向ける中、俺は片足の靴を半分脱いでいた。

 それをタイミングを合わせて蹴り上げる。

 放物線を描いて飛んだ俺の靴の靴底と、悪魔が紫電を放ったタイミングはほぼ同時。

 悪魔の指先から放たれた紫電が、俺の靴のゴム底にぶち当たり、一瞬で紫電を散らす。

 絶縁体ゴムは電気を通さない。

 これ常識。

 そして、どうやら悪魔の方は継続して紫電を出し続けられないようだ。一旦、指を引っ込める。

 ……ペチン。

 紫電が途絶えた中を放物線を描いて飛んだ俺の靴が山羊頭の頭蓋骨に当たる。

 山羊頭がそれを煩わしそうに払い除けるよりも早く、俺は刹那で悪魔の懐に飛び込むと、悪魔の脇腹にミドルキックを放っていた。

 靴をあえて緩く放ったのは、当たっても痛くないという認識を相手に植え付けさせ、避けさせない事で相手の視界を一瞬奪う為だ。

 そして、俺にはその一瞬で十分であった。

「じゃあな」

 至近距離で榴弾が着弾したような音が響き、悪魔の胴体が粉微塵のピンクの肉片となって消し飛ぶ。

 ちょっと威力が強すぎたか?

 いや、悪魔が脆いだけだな。

 カルシウム取れ、カルシウム。

「■■■■、■■■■■――……」

 心地良い断末魔。

 だが、尚も悪魔は動こうとしていた。

 消えた脇腹から、達磨落としのように上半身が下がっていく中で、両手の爪を振りかぶろうとし――、

 パパパパパパン!

 俺の高速の蹴りの連打が、その上半身を緋色の血煙へと変える。正しく粉微塵。欠片すら残す事を許さずに破壊し尽くした俺は、片脚を上げた姿勢のままで残心する。

 姿形すら保つ事を許されなかった悪魔は、その残った下半身だけでパタリとその場に倒れ伏してしまった。

 静寂が空間を支配し、暫しした所で俺はようやく残心を解く。

「脆いな。イブリース、コイツ下半身だけでも復活したりするのか? それなら、もう一回遊べるな」

「…………」

 ちょっと気になったので尋ねてみるが、イブリースから返答がない。

 それどころか、固まっている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る