第27話 殺人鬼1

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 イブリースが住んでいるタワーマンションは全部で四十階の高さがある。

 そして、イブリースの家がある二十階は、丁度上層エレベーターと下層エレベーターを繋ぐ広いエレベーターホールが備わっている階層であった。

 本来ならば、何人かの住人が利用していてもおかしくないエレベーターホールだが、今は人っ子一人いない状態である。

 グラシャラボラスから俺とイブリースを連れてこいという命を受けているはずだが、人々が俺たちを探し回っている様子は無い。

 そもそも、悪魔の手下?も徘徊しているのだ。下手に出歩いて、見つかりたくは無いという心理の方が勝るのであろう。

 故に、俺はのんびりとエレベーターホールで最上階に通じるエレベーターが降りてくるのを待っていた。

 いや、それを待っていたのは俺一人ではない。

「逃げなくて良いのか?」

「逃げたいよ! 今すぐ、戦略的撤退をしたいよ! でも、明日斗くんを見殺しになんて出来ないでしょ!」

 そう。俺の傍らには保護者気分で同伴しているイブリースがいた。

 体調はまだ優れないようだが、この状況で倒れているわけにもいかないと、無理をして付いてきたのである。

 別に倒れていてもらっても一向に構わないのだが、イブリースは頑なだ。

「明日斗くんが戦う前に、何とか相手と交渉してみるから。悪魔には『対価は取られるけど、相手の望みを叶える』っていう習性があるから、そこを逆手に取って挑んでみるよ。だから、明日斗くんは早まった真似はしないでよね」

「どうだろうな?」

「明日斗くん!」

「分かった、分かった」

 口煩い奴だ。お前は、俺の母親か何かか?

 そもそも、俺の血肉が騒ぐのだ。

 簡易な口約束を後生大事に守っていられるとも思えないのだが、あえてイブリースには言わない。俺はイブリースと違って嘘吐きなのだ。

「あ、エレベーターが降りてきたよ?」

 エレベーターが少し長く最上階で止まった後に降りてくる。

 乗降をしていてもおかしくない時間止まっていたか? ……誰かが乗っている?

「イブリース、少し下がっていろ」

「え?」

「誰かが降りてくる可能性がある」

 俺がそう言うと、イブリースも理解したようで大人しくエレベーターホールの壁際に寄る。

 俺はエレベーターの押しボタンがある壁に背を付け、エレベーターが降りてくるのを気長に待つ。

 エレベーターの現在階層を示すランプが23、22、とゆっくりと推移していき、やがて上層エレベーターの最下層である二十階で止まる。

 扉がゆっくりと開き、何も変化が無い――と思わせるだけの時間が過ぎて、ゆっくりとエレベーターの中から人が降りてくる。

 人……、人か。

(イブリースが言っていたアークデーモンとかいうバケモノであったら良かったのに)

 俺は心の中で悪態をつきながらも、相手を確認する。

 降りてきたのは女だ。

 肩まで届く黒髪の黒スーツ姿の女性。目付きは鋭いが、スタイルは良く、美人OLといった風情である。上司に居たら嬉しいタイプだろうか? 社会人というわけではないので良く分からないな。

 女はエレベーターホールに立ち、そこでギョッとしたようにイブリースを注視する。

 まぁ、驚くよな。

 あんな目立つ姿の奴がエレベーターホールでただ突っ立っていれば、まじまじと見てしまうのも分かる。

 だが、その行動は致命的な隙をも生み出した。

 俺は女の背後に音もなく近付くと、後ろから女を羽交い締めにして、女の首元に包丁を突き付ける。慣れた手際なのが実に嘆かわしいが、経験豊富なのも確かだ。

 俺は低い声で呟くように告げる。

「動くな。囀るな。振り向くな。ひとつでも破れば、首を落とす」

「…………」

 俺の言葉に女は言葉なく動きを止める。

 どうやら、観念したようだ。

 俺は油断なく肩に提げていたエコバックからガムテープを取り出そうとして……。

 イブリースがワナワナと震えている事に気が付いた。

 風邪でも引いて調子でも悪いのだろうか?

「どうした?」

「どうしたじゃないよ! 思いっ切り犯罪行為に足突っ込んでるじゃん!」

「そうか? ……なぁ、アンタは俺を訴えるのか? イエスかノーで答える事を許す」

「の、ノーです……」

「――だそうだ。起訴されないから犯罪として成立しないだろう」

「そういう問題じゃないよ!」

 だったら、どういう問題なのだろうか。

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