第27話 殺人鬼1
〓 14 〓
イブリースが住んでいるタワーマンションは全部で四十階の高さがある。
そして、イブリースの家がある二十階は、丁度上層エレベーターと下層エレベーターを繋ぐ広いエレベーターホールが備わっている階層であった。
本来ならば、何人かの住人が利用していてもおかしくないエレベーターホールだが、今は人っ子一人いない状態である。
グラシャラボラスから俺とイブリースを連れてこいという命を受けているはずだが、人々が俺たちを探し回っている様子は無い。
そもそも、悪魔の手下?も徘徊しているのだ。下手に出歩いて、見つかりたくは無いという心理の方が勝るのであろう。
故に、俺はのんびりとエレベーターホールで最上階に通じるエレベーターが降りてくるのを待っていた。
いや、それを待っていたのは俺一人ではない。
「逃げなくて良いのか?」
「逃げたいよ! 今すぐ、戦略的撤退をしたいよ! でも、明日斗くんを見殺しになんて出来ないでしょ!」
そう。俺の傍らには保護者気分で同伴しているイブリースがいた。
体調はまだ優れないようだが、この状況で倒れているわけにもいかないと、無理をして付いてきたのである。
別に倒れていてもらっても一向に構わないのだが、イブリースは頑なだ。
「明日斗くんが戦う前に、何とか相手と交渉してみるから。悪魔には『対価は取られるけど、相手の望みを叶える』っていう習性があるから、そこを逆手に取って挑んでみるよ。だから、明日斗くんは早まった真似はしないでよね」
「どうだろうな?」
「明日斗くん!」
「分かった、分かった」
口煩い奴だ。お前は、俺の母親か何かか?
そもそも、俺の血肉が騒ぐのだ。
簡易な口約束を後生大事に守っていられるとも思えないのだが、あえてイブリースには言わない。俺はイブリースと違って嘘吐きなのだ。
「あ、エレベーターが降りてきたよ?」
エレベーターが少し長く最上階で止まった後に降りてくる。
乗降をしていてもおかしくない時間止まっていたか? ……誰かが乗っている?
「イブリース、少し下がっていろ」
「え?」
「誰かが降りてくる可能性がある」
俺がそう言うと、イブリースも理解したようで大人しくエレベーターホールの壁際に寄る。
俺はエレベーターの押しボタンがある壁に背を付け、エレベーターが降りてくるのを気長に待つ。
エレベーターの現在階層を示すランプが23、22、とゆっくりと推移していき、やがて上層エレベーターの最下層である二十階で止まる。
扉がゆっくりと開き、何も変化が無い――と思わせるだけの時間が過ぎて、ゆっくりとエレベーターの中から人が降りてくる。
人……、人か。
(イブリースが言っていたアークデーモンとかいうバケモノであったら良かったのに)
俺は心の中で悪態をつきながらも、相手を確認する。
降りてきたのは女だ。
肩まで届く黒髪の黒スーツ姿の女性。目付きは鋭いが、スタイルは良く、美人OLといった風情である。上司に居たら嬉しいタイプだろうか? 社会人というわけではないので良く分からないな。
女はエレベーターホールに立ち、そこでギョッとしたようにイブリースを注視する。
まぁ、驚くよな。
あんな目立つ姿の奴がエレベーターホールでただ突っ立っていれば、まじまじと見てしまうのも分かる。
だが、その行動は致命的な隙をも生み出した。
俺は女の背後に音もなく近付くと、後ろから女を羽交い締めにして、女の首元に包丁を突き付ける。慣れた手際なのが実に嘆かわしいが、経験豊富なのも確かだ。
俺は低い声で呟くように告げる。
「動くな。囀るな。振り向くな。ひとつでも破れば、首を落とす」
「…………」
俺の言葉に女は言葉なく動きを止める。
どうやら、観念したようだ。
俺は油断なく肩に提げていたエコバックからガムテープを取り出そうとして……。
イブリースがワナワナと震えている事に気が付いた。
風邪でも引いて調子でも悪いのだろうか?
「どうした?」
「どうしたじゃないよ! 思いっ切り犯罪行為に足突っ込んでるじゃん!」
「そうか? ……なぁ、アンタは俺を訴えるのか? イエスかノーで答える事を許す」
「の、ノーです……」
「――だそうだ。起訴されないから犯罪として成立しないだろう」
「そういう問題じゃないよ!」
だったら、どういう問題なのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます