第25話 殺人の真理を極めし者3

『弟を追ってこの町に来たが、見つけた弟は既にこの状態だった。不出来な弟だとはいえ、身内を殺されて報復もしないのは、私の沽券に関わるのでね。弟の最後の記憶を盗み見て、犯人の痕跡を辿らせてもらった。そうしたらどうだい。何と犯人はこの建物の中に居るというじゃないか』

 大袈裟に両手を広げて驚いて見せる男。

 その際に弟の生首が転がり落ちるが、男は大して頓着を見せない。

 弟の報復を謳ってはいるが、本当はそんなものは些細な問題なのかもしれない。

 その目には確実に愉快犯のような愉しむ色が浮かんでいたのだから。

『弟の敵討ちもしなくちゃいけない。弟の葬儀もしなくちゃいけない――……だが、私もなかなか忙しい身でね。長い時間を拘束されるのは勘弁願いたいのだ。そこで考えたのだが……血の饗宴サバトをしようと思ってね』

 ……サバト?

「本来は魔女の宴とか、悪魔信仰を行う儀式の名称だね」

 疑問が顔に出ていたのか、イブリースが答えてくれる。

 しかし、この男の言うサバトはもっと違う意味を持つらしい。男は続ける。

『弟の死を悼んでね、向こう側に多くの贄を送ってやろうと思うのだ。そう、これから建物の内部に彼らを放とうと思う』

 真っ赤な世界を背景に、男の影からずるりと巨大な黒腕が生えるようにして出てくる。

 長く鋭い鉤爪に筋肉質な腕。

 腕が見えたかと思えば、今度は頭だ。

 巨大な捻じれた角に山羊の頭蓋骨のような頭部。そして、細身ながらも筋肉質な胴体に、腰には腰蓑のような物を身に付け、蛇のような尻尾が躍っている。

 それは俺が思う悪魔という怪物の姿。

 まさしく、悪魔の召喚であった。

「アークデーモンの召喚という事は、上級の爵位持ちってこと? 厄介な事になってきたかも」

 イブリースが若干緊張を孕んだ声で言う。

 どうやら、画面に映る男は先程の公園で戦ったような三下ではないらしい。分かってはいたが、こうして断定されると気持ちが踊るというものだ。

(嗚呼、いいなぁ)

 丁度、消化不良だったという気持ちと、自分を嫌悪する二つの感情が俺の中で鬩ぎ合っている。

 ……いけない。

 この感情は表に出してはいけないものだ。

 そう、強く念じる。

 俺が自分の感情を制御しようとしている間にも、男は自分の影から次々と悪魔を呼び出す。

 その数は全部で五体。

 彼らは、デカい図体に似合わぬ慇懃な態度で男の周囲に傅いていた。

『彼らは私の忠実な下僕だ。そして、そんな彼らにこれから建物に住む者の皆殺しを頼もうと思う。そう、皆殺しだ。誰一人として助からない。宴の始まりだよ。……と言っても、それでは少々味気無い。だから、趣向を凝らす事にしてみた』

 テレビ画面の映像が切り替わる。

 そこに映ったのは、どこにでも居そうな少し陰気な感じの少年と、金髪碧眼のツインテールの美少女の顔写真だ。俺は思わず指さす。

「お、俺とイブリースが映っているぞ」

「こんな感じでテレビに映るのは不本意なんですけど?」

 テレビに写真が映されたまま、男は続ける。

『この男とこの女だ。コイツ等を私のもとに連れて来た者とその家族だけは生かしておいてやろう。あぁ、男と女の生死は問わない。とにかく死体でも何でも連れてくれば命だけは助けてやる。私の下僕が徘徊する中、標的を私の下に送り届ける――どうだ? なかなかスリリングな宴だろう?』

「人間を使って、悪魔の王わたしを追い込むつもり? 私が人に危害を加えられない事を知っているから……」

 男は確か弟の記憶を見たと言っていた。

 その記憶を覗けば、イブリースがどんな性格なのかも正しく把握出来ることだろう。あの男がやりたいのは、現代版の魔女狩りなのかもしれない。

 ――とはいえ、狙われているのはイブリースだけでなく俺も同じだ。

 俺だって人殺しはしたくないのだが、状況が状況なだけに、口角が思わず吊り上がってしまう。こんな状況だというのに、気持ちが昂るのは病気なのだろうか。

『では、血の饗宴を開始する前に自己紹介をしておこうか。我が名はグラシャラボラス。殺人を司る悪魔である』

 殺人を司る悪魔?

 殺人を……?

 へぇ……。

「殺人を司るというと、どれぐらい強いんだ? 神ぐらいには強いのか?」

「え? えぇ……。神まではいかないかな。神よりも凄かったら、神も殺せちゃうからね。でも、殺人を司るって言うぐらいだから凄く強いんじゃない。鬼強、もしくは激強だよ」

「つまり、殺人の鬼?」

「そうだね。殺人の鬼だね。略すと殺人鬼だね」

 殺人鬼?

 そうか。殺人鬼か。フフッ。

 思わずペロリとかわいた唇を舐めてしまう。嗚呼、良いよ。最高だ……。

「相手が殺人鬼だっていうのなら殺しても良いよな?」

 ――俺も殺人鬼だけど。

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