第23話 殺人の真理を極めし者1

 暫く会話の無い時間が続く。

 部屋の中に響くのは、点けっぱなしのテレビの音だけだ。

 非常に気まずい。

(聞きたい事も聞けたし、そろそろ御暇するか?)

 俺が帰宅することを考えていたところで、プツンと小さな音がしてテレビの映像が消える。

 いや、それだけではない。

 間を置かずして、室内の灯りすらも消え失せていた。

 停電だろうかと考えていると、徐々に目の前が紅く明るくなっていく。まるで、赤色灯にでも照らされたような空間の中で、俺は妙な心臓の高鳴りを感じていた。

 異変を感じ取ったのか、イブリースもまた顔を上げて周囲を観察する。

「……結界? まさか?」

 結界と聞くと、漫画やアニメに出てくる敵の攻撃を防いだり、侵入を阻んだりする奴だろうか。そんな物が現実にあるとは思えないが、もしかしたらイブリースは違う物の事を結界と呼んでいるかもしれない。

 一応、確認しておこう。

「結界というと、バリア的なアレという認識で合うか?」

 我ながら表現力に乏しすぎて泣きそうだ。

 だが、分かりやすかったのか、イブリースには通じた。

「うん。多分、それ。知識で知っているだけで、実際に見たことがないから確信は持てないけど」

 なるほど。俺のイメージ通りという事で良いんだな。しかし……。

「それにしても、何でまた結界なんて張ったんだ?」

「え?」

 ――ん?

「結界を張るっていうのは、人間が簡単に出来るような事じゃないよな? ということは、悪魔が張ったと思うんだが?」

「でも、私は張ってないよ?」

「じゃあ、誰が張ったんだ?」

「さぁ?」

「……ちょっと調べてみる」

 嫌な予感がして、俺はイブリースの家のベランダに出ようとして、窓に手を掛けるが開かない。

 最初は建て付けが悪いのかと思って更に力を入れて引いてみたのだが、それでも窓ガラスはびくともしなかった。

 外に通じる他の窓も全て試してみたが、全く開く様子がない。

 俺は現状を把握してから、ドカリとソファーに腰を下ろす。

「閉じ込められた」

「結界は、外からの侵入者を防ぐ場合と、中の獲物を逃さない場合の二通りの活用法があるみたい。今回は後者っぽいね」

「重ねて聞くが、イブリースが展開したものじゃないんだよな?」

「だから違うって。結界を展開したのは私以外の悪魔だよ。この術式だと、マンション全体を覆っているのかな?」

「分かるのか?」

「真理解読レースのナンバーツーの知識があるからね。どういう術式かぐらいは分かるつもり」

 どや顔でいるところ悪いが、現状は楽観視出来るようなものではない。明らかに悪意を以て害されている気がする。

「しかし、何だってこんな事をする? 此処に住む人々を閉じ込めて何の意味がある? そもそも、狙いはイブリースだけじゃないのか? というか、その悪魔は何処から湧いて出て来た」

「いや、私に聞かれても分からないよ」

 なら、切り口を変えてみよう。

「なら、この結界を解く事は出来るか」

「うーん。この結界は術者が錠前パスワードを設定する形式だからね。その錠前が分からないと解くのは難しいね」

「安全に、か。ちなみに、安全じゃない方法で解いた場合は?」

「力業で良いなら五秒くらいで解けるよ。この建物が崩壊しちゃうけど」

「絶対にやるなよ」

 俺が腕を組んで眉根を寄せると、イブリースも当然だとばかりに頷く。

「高い敷金礼金払ってるんだから当然やらないし!」

 そんな彼女の様子を嘲笑うかのように、電源が落ちていたはずのテレビが急に点く。

 何だ、と俺たちの注目を集める中、画面に映ったのは血のように紅い空だ。今は闇夜のはずだが、そんな光景さえも真っ赤に染まっている。

 視覚情報が狂ったような世界の中で画面は徐々に下へとチルトしていき、やがて一人の男の姿を映し出す。

 肩まで掛かる黒髪に紅い目。Yシャツに黒のスーツズボンとサスペンダーを身に付け、紅いベストを着ている。そして、肩に引っ掛けるようにして羽織るのは黒いロングコート。

 一目見て、人では無いと分かるのは、その目の色か。

 男は自分で用意したのか、随分と座り心地が良さそうな豪奢な椅子に長い脚を組んで座っていた。

『御機嫌如何かな、人間諸君』

 言動からしても分かる。

 コイツが結界を張った張本人であろう。

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