第21話 悪魔の王4
「それにしても、悪魔の王にしては脆すぎだろう。あれぐらい受けたり、躱したり出来ないのか?」
「うーん。肉体的には人間そのものだからね。脆いのは仕方無いよ。油断もあったし。そもそも、コレ言っても良いのかなぁ?」
少しだけ躊躇う素振りを見せて、「まぁいいや、言っちゃえ」とばかりにイブリースは何気なく告げてくる。
「御先祖様が言うには、まだ神の真理の探究は終わってないんじゃないかって言うんだよね。――で、最後の真理を解き明かす鍵が人間にあるんじゃないかって」
「いや、全ての真理を解読したから神が生まれたんだろう? 全てを解読出来ていなかったら、神じゃないじゃないか」
それは、全知全能とは呼べない不完全な存在となる。とても神と呼べる代物ではない。
俺はツッコむが、イブリースは訳知り顔で頷く。
「うん。御先祖様も最初は全部の真理を解読されたって悔しがっていたらしいんだけど、それにしては神の動きがおかしいと思ったんだよね。そもそも、神が全ての真理を解読して、他の者がもう真理を解読出来ないようにしたら、それで終わりじゃない? なのに、神は原初の光を連発して人間が出現するのを待っていた。これって、どう考えても人間か、その先に何かあるって事でしょ? 真理の解読にケアレスミスがあったのか、誤解があったのかは分からないけど、御先祖様はまだ神は全知全能に至っていないと判断したみたい。それで、神の鼻を明かしてやろうとして、こうして人間と同じ体になって、行動を共にする事で最後の真理を得ようとしたようなんだよね」
なるほど。鳶が油揚げを掻っ攫うが如く、虎視眈々と神の真理の最後のワンピースを横取りしてやろうと狙っているのが、人間に擬態した悪魔たちというわけか。
ん、待てよ。
「その感じだと、お前さんは興味ないのか? その最後の真理とやらに」
「うーん。御先祖様の悲願だから、果たしてあげたいとは思うんだけど……。ほら、私ってあんまり賢くないじゃない」
「そうだな」
「そこは否定するところでしょ、もう!」
さもありなんと同意したら怒られた。
理不尽じゃないか?
「とにかく向いてないの、私には。だから、そういうのは私の子孫か、他の悪魔に任せとけば良いやってスタイルね。興味が無いわけじゃないけど、適材適所って感じかな」
「その割には、他の悪魔はイブリースに力を求めて来たようだが?」
「あれは、爵位無しの低級悪魔だからねぇ」
「爵位無し?」
「真理の読解レースについては話したでしょ? 読解レースに決着が着いた時、神はそれ以上の真理の探究をさせない為に、一部を除いて世界の真理を隠してしまったの。真理の解読が進んでいた悪魔たちは、生まれ変わっても記憶を保持出来る真理を解読していたから、記憶をそのままに次代に転生出来るんだけど、そうでない悪魔も居るわけ。で、力のある悪魔を爵位持ちの上級悪魔と言って、力が強い順番で格付けされているの。で、真理の解読が進んでいなかった悪魔たちは爵位無しの低級悪魔って言われて、転生と共に記憶の一部がどんどん欠けちゃうから、真理を次々と忘れていっちゃうの。それは、悪魔としてのアイデンティティを徐々に失ってしまうのも同義で、つまり人間化していくってことね。それが嫌で改めて真理を読解しようにも、神に真理を隠されちゃってるから、それも難しいし、その結果、彼らは上位の悪魔から真理を教えて貰う事でしか自分の真理を補完することが出来ないんだよ」
「つまり、公園のアイツはイブリースに教えを請いに来たのか? それが何で腕一本を引き千切る事になる?」
「あ、そのシーン、見てた?」
非常に気不味い表情をしてみせるイブリースだが、今更だ。
上半身不在のグロテスクな姿を見せられた後では、腕一本をもぎ取る行為など大したショッキング映像ではない。
俺は頷きだけで続きを促す。
「うーん。悪魔に限らずだけど、真理を修めた相手の肉を食べる事で、食べた相手の経験や知識の一部を自分のものに出来るんだよね。だから、私の一部を食べれば、それなりに真理の理解の深度が進むというワケ」
「それにしたって、腕一本というのは……」
「下手に安く済まそうとすると、町の人が食い荒らされそうだったし、私も全てを食べさせる予定は無かったから、中間ぐらいの妥協ラインが腕一本だったんだ。あれくらいの犠牲だったら、一週間ぐらいで生えてくるだろうし」
そうやって平気で言う様子を見ると、イブリースが悪魔なのだなと感じてしまう。
しかし、人を食う……か。
「悪魔というのは、人を食うのか?」
「低級の悪魔は……残念だけど、そういう事をする事があるよ。人を食べる事で、その知識を奪い、その知識から真理を求めようとする事がある」
「そんな事をして、真理の解読は出来るのか?」
正直、人の知識を得たくらいで世界の真理に辿り着けるとは思わないのだが。
だが、そうでもないらしい。
イブリースはまたもクッションに顔を埋める。
「宝くじの一等が当たるくらいの確率で、人間の中にも『当たり』がいるんだ。それが食べられれば、真理に対する理解が一気に進むと言われているよ。悲しい事だけどね」
「宝くじ感覚で食われるとか、たまったものじゃないな」
だが、イブリースの話を聞いていて、少しだけ気分が軽くなった。
公園で俺が殺した悪魔は、人を喰うタイプの悪魔だった。姿形が人でも、それは俺の基準では化け物だ。化け物退治を行ったのと、人殺しを行ったのとでは、精神に掛かる負担が違い過ぎる。俺はそっと胸を撫で下ろしていた。
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