第19話 悪魔の王2
広い室内だ。
白い壁に金縁の絵画が飾られ、割と大き目の多肉植物の観葉植物が飾られている。
周囲には緻密な細工が施された食器棚と、古いけど使い勝手が良さそうな陶磁器の食器が格納されている。
そんな部屋の中には人ひとりが横になれそうな巨大なソファが二つ置かれ、中央には脚の短いガラステーブルが鎮座している。更には壁掛けのテレビもあり、古い物と新しい物を上手くミックスしたような機能的な部屋が構築されていた。
それ以外にも幾つか寝室があるのだから、どう考えても狭い家ではない。
リビングからの続きにあるキッチンに冷蔵庫を見つけたので、そこからペットボトルのジュースを取り出し、コップに注いで俺はリビングに戻る。
「何を見ている?」
「間に合わなかったみたいだね」
イブリースがテレビを点けている。
その画面には、警察官が連続殺人事件に巻き込まれたのではないかといった見出しで緊急で報道がなされていた。
とはいえ、まだ詳しい事は分からないのか、すぐに番組は別のニュースに移ってしまっていた。
「全部、私のせいだよね……」
物憂げに沈むイブリースの前にグラスを置き、俺はイブリースが座っているのとは別のソファに腰を下ろす。
しばらくテレビの報道の音だけが流れる時間を過ごした後で、俺は意を決したようにイブリースに話しかけていた。
「なぁ、悪魔ってなんだ?」
ビクリとイブリースの肩が震える。
それが触れられたくない話題であることは分かっている。
だが、俺としては触れなくてはいけない話題だとも思っていた。それが、相手を殺した者のせめてもの償いだと思ったからだ。
いや、違うな。
俺は悪魔を知る事で、自分が許されようと思っていたのだ。これは、殺人ではないという免罪符が欲しかったのかもしれない。
イブリースはソファに置かれていたクッションを掴むと、それを抱え込むなり、顔を押し付けて沈黙を貫く。
何か声を掛けた方が良いかと思うぐらいの時間が経った後で、彼女は目元だけをクッションから引き上げて俺を見ていた。
イブリースの目が仄かに紅く光る。
「明日斗くんは、世界の始まりが横一線でヨーイドンで始まったと言ったら信じるかな?」
悪魔について聞いたら、返ってきたイブリースの返答がこれだ。
普段の俺なら一笑に伏すところだが、イブリースの表情は変わらず真面目であった。
俺は少し考えてから答えを返す。
「
「違うよ。原初の光は宇宙を作り出した方法でしょ。世界の始まりじゃないよ」
そう言ってイブリースはお茶で唇を濡らす。
その艶めかしい唇に思わず切り取って持ち帰りたくなる衝動を覚えるが、俺はその衝動を何とか抑制する。
嫌悪感と殺人衝動の狭間で、俺の心は波間に浮かぶ木の葉のように揺れている。
余計な刺激は与えないで欲しい。
「世界が始まる前、広大な空間には雑多な意思が生まれては消えを繰り返していた、と私たち悪魔には伝承されているんだ」
「
「まぁ、そんなものだね」
「それがわんさと存在していた?」
「まぁ、炭酸飲料の炭酸でも想像したら良いよ」
いきなり俗っぽくなるのはやめろ。
世界の始まりが炭酸ガスの群れとか嫌だ。
「それで、その内の意志の一つが不可逆の真理に辿り着いてしまったのが始まりだよ」
「不可逆の真理?」
「時を操る術を得てしまったってこと」
「時を操る? 出来るのか、そんな事が?」
「出来るよ。とは言っても不可逆だからね。時を巻き戻す事は出来ない。時の流れを加速したり、引き伸ばしたりする事しか出来ないわけなんだけど、ただの思考する泡沫であった意思にとっては、これは画期的な事だったんだよ。何せ、引き伸ばされた時間の中でずっと思考を続けていられるんだもん」
「頭の痛くなる話だな。俺なら耐えられん」
「それは、明日斗くんが肉体を持っているからだよ。過度な思考は脳に負荷を掛けるからね。でも、幽体にはそんなの関係ないから、彼らは思考を続けたんだよ」
「思考を続けた先に何があるっていうんだ?」
「彼らは次に、空間の真理に辿り着くんだ。そこに辿り着く事で、儚い泡沫から解放される。形の無い意思から、思考する何かに変わったんだね。そして、そんな状態が長く続いた時に、今度は可能性の真理に、そして並列世界の真理に辿り着くんだ。まぁ、ここまで言えば分かると思うけど――」
「いや、全然分からん」
そう告げると、イブリースは「えぇ……」と不満そうな顔。
携帯のアプリも使えずに迷子になるような奴に、そんな顔をされると腹立つな。
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