第17話 殺人現場8
「無理……。無理なのかな……?」
イブリースはそう呟くと、何かを考えるように押し黙ってしまう。
そして、ややあってから彼女は口を開く。
「悪魔が人間と共存しようというのは、本当に無理なのかな?」
イブリースの言葉を聞いて、俺の根底の熱くなっていた部分が徐々に冷めていくのが分かった。
悪さをせずに、人間社会に迎合して生きる悪魔。
それは、もう既に悪魔では無いのではないだろうか?
そんなものは、もはや人間と変わらない。
だが、人間社会に迎合しようとして、結局は本質が変わらない
悪魔たちが何を考えているのかは分からないが、例え人間社会に迎合していたとしても、本質的に何も変わらないのであれば潜在的な恐怖は続く。
彼らがいつ如何なる時、本性に抗えなくなるかは、誰にも分からないのだから。
騙し、誑かし、人の悲鳴と嘆きを喜ぶ――それが悪魔という者の性であるのなら、それは
人々の苦悶の声を聞くのが好きか、悲鳴すら上げられない躯を慈しむかの違いに過ぎないだろう。
だからこそ、イブリースの言葉は僅かながらにも俺の心に刺さった。
身につまされるという奴だ。
むしろ、人でありながら、人を殺したくてたまらない俺の方が悪魔よりも人間社会の中での不穏分子と言えるのかもしれない。
そんな心のしこりが、俺の心の扉をノックした結果――。
「う――……、おえええぇぇぇぇ……」
俺は吐いていた。
胃の奥から気持ちの悪い物が這い上がって来て、俺の今までの行動を全て否定する。
(な、何が悪魔だから殺して良いだよ! イブリースはクラスメートだぞ! それを殺したくて堪らないなんて、サイコパス以外の何者でもないじゃないか!? そうはならないように十数年ずっと気をつけて生きてきたというのに、たった数分でオシャカにしてしまうなんて……俺は大馬鹿野郎かよ!)
自分が情けないやら、信じられないやらで、自己嫌悪の感情に押し潰されそうになって、その気持ち悪さを吐き出すかのようにして、俺は吐瀉物をぶち撒ける。
臭い、酸っぱいものが、全てを吐き出した俺の口の中に後味として残る。
苦い味だ。本当に……。
「だ、大丈夫?」
「大丈夫だ……」
ちょっと自己嫌悪しただけだし……。
「顔真っ青だけど……」
鏡を見ないでも分かる。
酷い顔をしているのだろう。
それでも、吐く事で少しだけスッキリとした俺がいる。
現金なものだ。
過去は覆らないというのに。
「イブリースの方は、大丈夫か?」
「え? 殺すんじゃないの……?」
キョトンとした目を向けてくるイブリースの視線が心に刺さる。何と言い訳したら良いのか。
「……冗談だ」
苦しい言い訳だとは自分でも思う。
だが、俺の言葉を聞いた瞬間、イブリースの顔から表情が無くなる。
そして、くしゃりと歪んだかと思うと、その場でしゃくりを上げて泣き出してしまった。
日頃、テレビドラマや映画などで女を泣かす男が出る度に、「女を泣かすなんて最低な奴だな」と思っていた分、自分がその立場に改めて立たされると戸惑う。慰めようと差し出した手が宙を彷徨う。
「うぅ、良かった、良かったよぉ……。私、本当に明日斗くんに殺されるって……」
「その、すまない。怖かったか?」
「怖くないわけないじゃん! 痛いの嫌だし! 折角、友達になれたと思ってたのに、裏切られて殺されるなんて惨め過ぎて、私……。うああぁぁぁぁ……」
それ以上は声にならない。
イブリースの嗚咽を聞きながら、俺は静かに彼女の傍らに腰を下ろした。そのまま、犬でも撫でるように彼女の頭を撫でてやる。
それが、彼女を殺そうとした自分に出来る精一杯の罪滅ぼしであるかのように。
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