第16話 殺人現場7

 派手に鮮血を噴き出す男の首無し胴体。

 俺は、そんな胴体の近くに転がった男の頭を片足で足蹴にしながら、周囲を見回す。

 コントロールを失った犬たちは闇色の肉塊となって、その場にグズグズに崩れ落ちていった。ちっ、何だ。詰まらん。

「折角、デザートとして犬のミンチショーを考えていたのに」

「き、貴様……」

「まだ意識があるのか? だったら、面白いものを見せてやろう」

 俺は言いながら、男の体から突き出た巨大な白い犬の頭に手を掛ける。

 これ、結構、デカイし、重いな。

 だが、まぁ、愉しむ為には労力は惜しまない。

「自分の体の解体ショーだ。こんなもの、一生に一度も見られるものじゃないからな。楽しんでいってくれ」

 希少価値でいったら計り知れないことだろう。楽しんで貰えたら幸いだ。

「そ、その手の痣は……」

「手の痣?」

 そう言えば、知らない内に手に傷が出来ているな。街灯を捻じ曲げている内に傷付いたのか? 破傷風には気を付けないといけないな。

「道理で、規格外な……」

 男が沈黙する。

「おいおいおい! これからが楽しい場面なのに意識を失うなんて酷いじゃないか!」

 叩き起こす事も考えたが、俺は自分の愉しみを優先して、白い犬の頭の解剖に取り掛かる。そもそも、これどうやって体に付いているんだ? 腹から直接繋がっているんだろうか? 引っ張ってみたら抜けるかな?

「何だ。本当に体の一部なんだな」

 白い犬の頭を無理矢理引き千切ったら、臓腑が流れ出てきた。

 この中にイブリースがいるんだろうか?

 ぐちゃぐちゃと肉と血を掻き回したい欲望に駆られながらも、俺は男の腹の中身を掻っ捌くが、イブリースの姿は見当たらない。

 というか、肉と血と骨ばかりでイブリースが判別出来ない。

 俺が諦めかけたその時、ふと思いついて、巨大な犬の頭の顎を思い切り裂いて、その喉の奥に頭を突っ込んでみた。

「あぁ、居るじゃん」

 犬の喉の奥底にか細い指先が伸びているのを見て、俺はその手を取って中身を引き上げる。上半身を噛み千切るだけして咀嚼していなかったのだろう。犬の涎塗れになっていたが、イブリースの上半身は左腕こそ欠けていたが綺麗なものだった。

「左腕も……あるな」

 犬の歯の隙間に引っ掛かっているのを発見した俺は、上半身と左腕を持っていって、イブリースの下半身に近付ける。

 すると、あら不思議。

 イブリースの上半身と左腕は呆気なく下半身と結合し、その姿を元へと戻していた。

 人間技じゃないと思うが、やはりイブリースもあの男同様に人間じゃないのだろう。

「やはりイブリースも悪魔なのか」

 俺はそんな事に感心しながら、彼女をどう殺したものかと思案する。

 そもそも、さっきから初めての殺しの感触が俺を昂らせてやまない。何がとは言わないが、屹立してギンギンで困っているほどである。

 初めての殺しは俺に興奮を覚えさせたが、鮮やかに過ぎて物足りなさをも感じさせていた。

 言うなれば、あっさりし過ぎなのである。

 俺はギトギトの肉料理が食べたいのに、魚の酢漬けを出されたような気分だ。

 だから、その物足りなさを補う為にもデザートを望むのは極自然な流れではあった。

「う、うぅ……」

 イブリースの喉の奥から小さな呼気が漏れる。

 嗚呼、絞殺というのも悪くないか。

 イブリースの震える喉を見ていたら、そんな考えが思い浮かんだ。

 彼女の苦しむ顔が間近で見られて、さぞ気持ちが良い事だろう。

「あ、明日斗……くん……?」

 俺が悦に浸ってニタニタしていると、イブリースは目を覚ましたのか、小さな声でそう呟く。

「よぉ、悪魔の王様。気分はどうだい?」

 俺が片手を上げてそう尋ねると、イブリースは目に見えて動きを硬くする。

 どうやら、触れられたくない部分だったようだが、俺には関係がない。

 何せ、彼女はこの後、死ぬのだから。

「今から、お前を殺そうと思うんだが、何か希望はあるか? 俺としては絞殺がオススメだが、街灯の電気もバチバチ言ってるし、珍しい感電死とかのリクエストにも答えられると思うぞ。後は公園の池での溺死かな? 俺も池に入って凍えなくちゃいけないから、早々に首の骨を折っておしまいにするかもしれないが……どんな死に方が良い?」

「私……、明日斗くんに殺されるの……?」

「悪魔なんだろ? 人間を殺すような不穏な会話をしていたし、人類の敵じゃん。殺されない理由があると思うか?」

「別に人間の敵じゃない! 人を誑かす事はたまにあるけど……。それだって、一部の悪い悪魔の仕業ってだけで、多くの悪魔は人と関わって、人の社会に適応して暮らしているんだよ! だから――」

「だから、殺さないでくれって? 気分で町ひとつ潰そうとするような厄介な存在を見逃せって? いやいや、流石に無理だろ」

 言いながら、俺は自分の言葉が何て嘘臭くて薄っぺらいんだと感じていた。舌が二枚あるかのようにペラペラと口が回るが、その根底の気持ちは単純だ。

 とにかく、この女を殺したい。

 それだけが、俺の頭の中を占めていた。

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