第19話 アルバイト(その2)

「単刀直入に聞くが、お前さん、ヤオイシュタット男子学園に通っているんだろ? どうして性別を偽って男子校に通っているんだい?」

「えっ?」


 ルイスはオーナーの言葉に驚いた。今まで、寮生活で入浴の際に裸を見せても誰も気が付かなかったので安心していたが、突然の偽っていた性別のことがバレてしまい驚きの声をあげた。


「少しハッパをかけて聞いてみたのだが、その驚き方からすると俺の推察は間違っていなかったようだな」


(終わった)


 ルイスは長年かけて準備を行い、ようやく叶えることができた男子校生活は、僅か数日で終わったことを悟った。


「どうやら、訳ありのようだな」

「ええ、まあ」


 さすがに男同士が、アレやコレやする現場を、男子校に行けば見られるのではないかという邪な理由で入学したと本当のことは言えず、ルイスは言葉を濁した。


「そう警戒すんなって。別にこれをネタに揺すったりする訳ではないから、安心するといい。この店に勤めている女性達のおよそ半分は、いろいろ事情を抱えた訳ありの者なんだ。俺はそう言う訳ありの女性達が、安心してお金を稼げる環境を作る為に、この店を作ったんだ」


 ルイスはオーナーの言葉を聞いて少し感動していた。あれだけ接客態度の悪いマロンでさえ、辞めさせずに働かせているのは、そう言う信念からきているようだ。


「で、だ。お前さんも、学費はかからないとしても、費用面で苦労しているのではないかと思って声を掛けさせて貰った。男ならいろいろ働き口はあるが、お前さんは男装していたとしても中身は女だ。同等の仕事をしようと思うと相当苦労するぞ」


 オーナーの言うことは間違っていなかった。ルイスの収入源はなく、今の手持ちのお金がなくなると稼がない限り増えない。その為には学業の傍らどこかで働くか、冒険者として依頼を受けるしか道がない。男装している以上、アルバイトということになると力仕事がメインとなる。体力のないルイスにとってそれは致命的であった。


「確かに仰るとおり、仕事は探しています」


 ルイスは稼ぎ口がないことを正直に伝えた。


「そこで提案なのだが、この店で働いてみないか? もちろん学業が優先だから休日など空いている時間で構わないし、他に用事があるときは休んで貰ってもかまわない。当然のことながら君の秘密は口外しないし、店の従業員には君が男性として働くと伝えようと思う。どうだ? 良い条件だと思うが働いてみないか?」

「・・・わかりました。よろしくお願いします」

「よし、交渉成立だ。そうだな。明日は学校が休みだったな。研修を兼ねて明日から来られそうか?」

「はい。大丈夫です」


 オーナーが承知の上で男性として働けるのは、とても良い条件だとルイスは思った。ルイスは少し考えた後に、ヤオイオアシスで働くことを決めた。


「それじゃ明日からよろしく頼むよ。おっと、それと忘れるところだった。この店ではいろいろ訳ありの者もいるから実名は使わないことになっているんだ。えっと・・・あったあった。このカードから1枚好きな物を引いてくれ。それがこの店でのお前さんの名前になる」

「なるほど、ここで働く皆さんの名前はそうなっているんですね」


 ルイスはオーナーの言葉で納得した。アップルもマロンも食べ物の名前で、通常なら人名では使用しない。名前自体は似合っていたので違和感は感じなかったが、本名が別にあると言うことを知った。


「じゃあ、これで」


 オーナーが提示したカードから、ルイスは1枚取った。カードは伏せられていたので何が書かれているかわからなかった。


「では行くぞ。お前さんの名前はチェリーだ。これからよろしく頼むよチェリー」


 オーナーがルイスが選んだカードをひっくり返して書かれている文字を確認した。そのカードには【チェリー】と記載されていた。こうしてルイスはチェリーとしてヤオイオアシスで働くことになったが、これが後々街全体を巻き込む大事になってしまうとは、現時点ではオーナーもルイスも思いもしなかった。



「御主人様。大丈夫でしたか? もしかしてオーナーに変なことでもされませんでしたか?」

「いや、そう言うことはなかったよ。ここで働かないかって誘われただけだよ」

「えっ、御主人様が? そっ、それでどうお答えしたのですか?」

「ちっ、近いって」


 話を終えて事務所を出ると、心配したチェリーが話しかけてきた。働かないかと誘いを受けたことを伝えると、彼女は興奮した様子でルイスに顔を近づけて聞いてきた。


「明日からここで働くようになったよ。よろしくねアップルさん」

「えっ、えっ、何ということでしょう。こっ、これは運命だわ。よろしくお願いしますね・・・えーっと」

「チェリーという名前で働かせて貰うよ」

「素敵な名前ですぅ。よろしくお願いしますねチェリーさんっ」


 店で使用する名前を伝えると、感情が抑えられなくなったのか、アップルはルイスに抱きついた。今回は面接の交通費という扱いで飲食代は免除され、ルイスは午後の授業を受けるために学園に戻った。



「おかえり、ルイス。お店の方はどうだった? 奴はいたか?」


 教室に戻るとアランがルイスに話しかけてきた。どうやらマロンのことが気になっているようだ。


「ああ、いたよ。相変わらずだったよ」

「あのクソメイド。辞めさせずによく働かせているよな」


 アランはブツブツと昨日のことを思い出して愚痴を言っていたが、ルイスはオーナーの信念を聞いた後なので、アランとは異なる考え方になっていた。一応働き口は決まったが、あの店で働くと言ったらいろいろ言われそうな気がして、話さないことにした。頃合いを見て働き先を伝えず、アルバイトをすることになったとだけ伝えれば良いとルイスは思った。


「おっ、そろそろ午後の授業が始まるな。それじゃあな」


 アランがそう言って席に戻ると、午後の授業開始を伝える鐘が鳴った。それから農科の授業を受け、休憩時間になった。


「おい、ルイス。今日も校庭か。行くぞ」

「おっ、おう」


 昨日の悪夢が脳裏に宿ったルイスであったが、所定の授業であるために受けるしか選択肢がなかった。乗り気はしなかったが、トボトボと歩き校庭を目指した。



「よし、今日は打ち込みをする。今回は防具を装着して行う。装着方法は知っている者もいると思うが復習だと思って聞いてくれ」


 兵科の授業が始まり、まずは防具の装着方法から指導が始まった。各自用具室からそれぞれ防具を持ってきている。それをアーノルドの指導の下、バラバラにして、胴、手、足と装着していき、最後に頭部を守るヘルメットのような防具を装着した。相変わらず彼の指導は上手くなく、代わりに防具装着の知識を有している者が、困っている者に声を掛けて準備を手伝った。


「では2人ずつのペアを作れ。残った奴は先生が相手をするぞ。ってこのクラスは偶数だったな。アハハハ」


 このクラスは全員で30人いる。ペアを作ると15組になり、余る人はいない。それぞれがペアを組みだした。


(アランは・・・っと、えっ?)


 ルイスはアランを探したが、既に別の者とペアを組んでいた。アランがペアになった相手と仲良く話す姿を見たルイスは、心がチクチクと痛んだ。


「お前ら、ペアは組んだか? おいルイス。お前はまだのようだな。 確か偶数だから余るはずはないのだが・・・」


 アーノルドは1人でポツンと立っているルイスに気が付き声を掛けた。30人いるので、余るはずはなく、アーノルドは不思議そうな顔をして、他にペアになっていない者がいないか探した。


「あのー、僕、ペアがいないんですけど」

「どわっ! 急に声を掛けてくるなビックリしたじゃないか。えーっとニコラスだったな。それじゃ余っている者同士、ルイスとニコラスがペアな」


 ルイスの相手が見つかったことに安心したアーノルドは、全員が見える位置まで移動した。


「よっ、よろしくお願いします。ルイス君」

「えっと、ニコラスだったね。よろしく」


 少し頼りない感じのニコラスとペアになり、互いに挨拶を交わした。


「では両者向き合って、剣を構え」


 アーノルドの指示でペアになった者同士向き合って、木刀を構えた。


「俺から見て右の者が剣を振り、左の者が剣でそれを受け止めろ。3回で交代だ。それを俺がいいと言うまで続けろ。開始っ!」


 開始の合図で剣の打ち合いを始めた。


「そっ、それじゃ行くよ。えいっ」

「んんっ」


 ニコラスが剣を振り、それをルイスが剣で受け止めた。相手はアランのように力があるようには見えなかったが、予想以上に強い衝撃がルイスの手に伝わり声が漏れた。


「次」

「うっ」

「3本目」

「ん?」


 1発目は結構な衝撃であったが、2発目、3発目と段々衝撃が弱くなっていた。


「ルイス君、次交代です」

「わかった。それじゃ行くよ。えい、やぁ、とぉ」


 そして攻守が交代し、ルイスがニコラスに対し打ち込みをした。彼は表情を崩さず全て受け止めていた。そして攻守を交代しながら2人は打ち込みを続けたが、なぜかルイスは動いている割に余り疲れを感じなかった。



「よし、終わり。では防具を外し休憩だ」


 かなりの時間が経過したところでアーノルドが打ち込みをやめるように指示し、小休憩に入った。


「もしかしてニコラスって剣術とかやってる?」

「どうしてそう思うんだい?」


 防具を外し、座り込んだルイスは隣にいたニコラスに話しかけた。


「打ち込みをするときは、僕に無駄な動きをさせずに打ち込みやすいように構えてくれたり、受けるときは衝撃を緩和するように当たる寸前で引いていたでしょ?」

「わかってたんだ」


 初めは気が付かなかったが、打ち込みをするうちにニコラスが、ルイスのことを気遣って無駄な動きを抑制して、余計な体力を消耗しないようにしていたことに気が付いた。そのような高等テクニックが使えるのは、それなりに訓練を受けた者である証拠だとルイスは結論付けた。自分が勝手に行った配慮に気が付かれ、ニコラスは少し照れた表情をしていた。


「昨日のアレを見た後だからね。少しでも体力を温存させてあげようと思ったんだ」


(くーっ。何てこと言ってくれるの。むちゃいい子じゃない)


 ルイスのことを心配してくれたニコラスに対し、ルイスの好感度メーターはぐいぐいと上がっていった。



「よし、休憩は終わりだ。次はペアになった者同士で柔軟運動をするぞ。しっかり体を伸ばしておけよ」


 次にアーノルドの指示で柔軟運動に入った。


「うっ、んんっ」

「ルイス君体硬いね。もう少し強く押すよ」

「んんーーっ!」


 柔軟運動で体の筋が引っ張られたことで激痛が走り、ルイスは思わず声をあげた。


「ニコラス、大丈夫?」


 しばらくお互いの体を合わせて柔軟をしていると、ニコラスの様子がおかしいことにルイスは気が付いた。


「うーん、ちょっとダメかも」

「うわぁ! にっ、ニコラスっ! 先生、大変です。ニコラスの顔が血まみれになってます」

「なっ、何だって!」


 ニコラスの顔を見ると血まみれになっていて、そのまま倒れ込んだ。慌ててルイスはアーノルドに助けを求めた。


「ルイス、何があった?」

「柔軟運動をしていて、彼の動きが止まったから様子を見たら、顔が血まみれになっていて倒れたんです」

「わかった。ちょっと見てみる。出血場所は・・・鼻か。どうやら鼻血のようだな。取りあえず誰か担架を持ってこい。保健室まで運ぶぞ。鐘が鳴ったらお前ら片付けて教室に戻っていいぞ」


 授業は中断し、ニコラスは担架に乗せられ、保健室に運ばれていった。アーノルドも付き添いで行ったために、残り時間は自習となった。


(ニコラス大丈夫かな?)


 ルイスは倒れた原因がわからないまま、ニコラスのことを心配した。

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