第20話 アルバイト(その3)

「失礼します」


 ホームルームを終え、ルイスはすぐに保健室に駆けつけた。ノックしてから入室し、中の様子をうかがった。


「あらぁ。可愛い子ね。どうしたのかしら?」


 白衣を着た妙に色気のある女性が、ルイスの入室に気が付き声を掛けてきた。


「私の名前はパトリシア。養護教員よ」

「4限目にクラスメイトが授業中に倒れて運ばれたはずですが」

「あー、お見舞いね。彼なら奥のベッドに寝かせているわ」


 パトリシアと名乗った養護教員は白い布で仕切られたベッドを指差して言った。


「ありがとうございます」


 ルイスは礼を言って仕切りの隙間を通り、中に設置されているベッドに寝かされていたニコラスの様子を伺った。


「ニコラス、大丈夫?」

「ごめん。迷惑かけたね。ルイス君との柔軟運動で体を密着させていたら急に心臓がドキドキしだして、気が付いたら鼻から血を出して気を失ってしまったよ」


 ニコラスは起き上がってルイスに応えた。


「何かの病気じゃないよね?」

「うーん、今までこんな症状出たことないからなぁ」


 心配するルイスにニコラスは答えた。


「彼は大丈夫よ。軽い興奮状態になっていただけだから、今は落ち着いているわ。見た所、病気という訳ではなさそうよ」


 そこにパトリシアが顔を覗かせてルイスに言った。


「そっか。安心したよ」


 安心したルイスは、思わずニコラスの手を握りながら言った。


「いけないわ。すぐに手を離しなさい」

「えっ? あっ、はいっ」


 パトリシアに言われてルイスは慌ててニコラスの手を離した。慌ててニコラスの顔を見ると彼は真っ赤な顔をしていた。


「なるほどねぇ。ふふん。なかなか面白い事案ね。あなた、もう1度この子の手を握ってみなさい」

「はっ、はい」


 パトリシアに言われてルイスは再びニコラスの手を握った。


「脈拍が上昇しているわね。理由はわからないけれど、原因はあなたとの接触が絡んでいるようね」


 ニコラスの手首を指で押さえながらパトリシアが言った。彼女は脈を診ていたようだ。


「人との接触が原因かしら、ちょっと手を借りるわね」


 そう言ってパトリシアはニコラスの手を握った。


「あう、あう、あう」


 ニコラスは口をパクパクさせながら顔が真っ赤になっていた。


「うーん、サンプルが2人だから断言はできないけれど、人と接触することで心拍数が上がるようね。私の方でもいろいろ調べてみるけど、原因がわかるまで、他の人と直接接触するときは気をつけなさい」

「わかりました」


 パトリシアは症状を紙に書き始めてカルテ作りをした。


「一応ここは学園が開いている時間帯は救護院としても利用できるから、もし何かあればここを訪ねなさい。わかったわね」

「はい」


 パトリシアはニコラスにそう伝えた。


「では、今日はもう帰っても良いわ。えっと、あなた名前は?」

「ルイスです」

「そう、ルイスね。覚えたわ。ではルイス、彼を寮まで送り届けてくれないかしら?」

「わかりました」


 ルイスは、パトリシアにニコラスを送り届けるように頼まれ、2人は寮に戻ることにした。



「それじゃ、気をつけて部屋に戻ってね」

「送ってくれてありがとうルイス君。それじゃまた夕食時に」


 ニコラスは1階に部屋があるようだ。ルイスは階段のところで別れて、自分の部屋に戻った。



「ルイス、ニコラスの奴どうだった?」

「大丈夫そうだから寮まで送り届けたよ」

「そうか。それならよかった」


 部屋に戻ると先に戻っていたアランが、心配そうにルイスに尋ねてきた。大丈夫だと答えるとアランは安心した表情を見せた。


「ところでルイスは明日、何か予定があるのか?」

「あるよ。明日からバイトすることになった」

「何だって!」


 ルイスがそう告げるとアランは驚いていた。


「くそー。ルイスに先を越されたか。俺も明日頑張って働き口を探さないとな。いい場所は既に先輩達が押さえているから、新入生が新たに仕事を探そうと思うと苦労するっていうのに、ルイスは運が良かったな」


 アランは悔しそうに言った。だが、バイト先のことなどを尋ねることはなく、ルイスはホッとした。




「ルイスおはよう」

「おはよう、アラン」


 翌日、朝起きてから2人は挨拶を交わした。今日は学園は休みとなっていて、ルイスはアルバイトに行き、アランは職探しに街に出ることになっていた。朝食を終えてから2人はそれぞれの目的のため寮を出た。



「おはようございます」

「うわぁ。本当に来てくれたのですね。チェリーさんっ」


 ルイスは店の裏口から店内に入った。するとそこにはメイド服に着替える前のアップルがいて、ルイスに気が付いた彼女は抱きついてきた。


「これからよろしくね。アップルさん」


 ルイスは今日入りたての新人だ。既に在籍している者はすべて先輩に当たる。昨日までは客と店員の関係であったが、今日からは先輩と後輩に当たる。そのため礼儀を重んじるのは当然である。しっかりとさん付けて彼女のことを呼んだ。


「えっ? 確か客で来ていた子よね?」


 出勤してきたチーフがルイスの顔を見て驚いていた。


「はい、今日からはここで働かせて貰うことになったル・・・ではなくチェリーです。よろしくお願いします」

「そう、私はチーフと呼ばれているわ。一応メイド達の取りまとめ役をしているわ。よろしくね」


 そう言ってルイスとチーフは互いに挨拶をした。


「んあ? 何がチーフだよ。本当はこいつパパイヤって言うんだぜ」

「くおらぁ、余計なことは言うんじゃないマロン!」


 そこにマロンが口を出してきた。チーフの仕事上の名前はパパイヤと言うようだ。だが、彼女の態度を見ると、その名前で呼ばれるのは余り好きではない様子であった。


「みんな揃ったようじゃの。紹介する。今日からここで働くことになったチェリーだ。見ての通り男だが、みんなよろしくやってくれ。教育係は・・・パパイヤは今マロンを教育中だから、アップルが担当してくれ。わかったらみんな着替えて開店準備に入るように」


 本日勤務予定の従業員が揃ったところで、オーナーから新人が入ったことが告げられた。そして教育係としてアップルが任命された。彼女らはメイド服に着替えるため、ルイスとオーナーを除く全員が更衣室に移動した。


「さて、君には急ごしらえで悪いが、ふだん使用しない物を置いておく倉庫に、仮設の更衣室を用意した。そこに制服が用意してあるので着用してくるように」

「わかりました」


 ルイスはオーナーに指示された部屋に移動した。


(なるほど、倉庫と言うだけあっていろいろな物が置いてあるな。扉には鍵が付いてるな)


 普段使わない物というだけあって、何に使われるかわからないような物から、恐らく店内で行うイベント用の物であろう装飾品などが無造作に置かれた部屋に、ロッカーが1つ置いてあった。部屋には鍵が新しく取り付けられていて、これらはルイスのために用意された物のようだ。


(まずは今着ている服を脱いで、パット入りの簡易コルセットか、これを着けて、フリフリの上着、スカート、エプロン、最後に緑のミドルヘアのウィッグを付ければ完成っと)


 着替えが終わったルイスは、ロッカーの横に置かれている姿見鏡で服装に乱れがないかチェックした。


「なんじゃい、こりゃ!」


 ルイスは自分の姿を見て驚いた。そこには可愛らしいメイド姿の自分が立っていた。


「チェリーさん、どうしたの? 何かあった? あら、あら、まぁ、まぁ」


 鍵をかけていなかったので、ルイスの声を聞いたアップルが慌てて更衣室に入ってきた。そしてメイド姿になったルイスを見て、驚いたように声をあげた。


「すっ、凄く似合ってますっ。キャー、何ていうことでしょう」


 アップルの黄色い声を聞いた他のメイド達が、何事かと思いゾロゾロとルイスのいる更衣室にやってきた。


「うそーっ、アレがさっきの男の子?」

「マジやばいんだけど」

「ちょー可愛い」


 男装しているルイスが女装した姿は、メイド達には大受けだった。


「男のくせに私より可愛いなんて許せない。絶対あんたなんかに負けるもんですか」


 マロンはルイスに対し、なぜか対抗意識を燃やしていた。

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