第18話 アルバイト(その1)

「御主人様。今日も来てくださったのですね。それに、御指名ありがとうございまーす」


 ルイスが席に座り、少し経つと担当のアップルが現れた。彼女は昨日は受付担当であったためルイスの相手ができず、残念そうにしていたが、今回は指名されての担当なので、非常に機嫌が良さそうであった。


「本日は、一緒に来られた御主人様はいないのですね?」

「ああ、昨日の1件で来る気なくしてしまったみたいで。ってお店の人にそんなこと言ったらいけなかったね。ごめんごめん」


 アップルにアランのことを尋ねられ、正直に答えてしまったあと、慌てて店に対して失礼だと感じたルイスは謝った。


「いえ、まさかあれほど酷くなるとは私も思いませんでした。でも、本当にいい子なんですよ。余り話したことはないのですが私にはわかります」


(話してないんかい!)


 アップルは店の同僚としてマロンのことを知っているからではなく、自分の直感で言っていたようだ。アップルは入店して間もないマロンとは余り話したことがないらしい。


「そうでした。えっと、これが本日のメニューです」

「あれ? この前のと冊子の色が違うね」


 アップルから渡されたメニュー表が、前回と異なる物だとルイスは気が付いた。


「細かい変化に気が付くなんて、御主人様すごいですね。ほとんどの御主人様はメニュー表を開いてから違いに気が付くんですよ」

「どれどれ? あれ? メニューが増えてる。それにVIP項目が増えてる。へぇ、別室での接客なんて言うメニューもあるんだ。でもお値段が高めなんだね」


 ルイスがメニュー表を開くと違いがすぐにわかった。今まであった項目のあとにページが足されていて、更に金額の高いメニューが並んでいた。そこには別室で接客というオプションがあり、これは時間単位で注文の有無にかかわらず加算されていくものらしい。


「御主人様。今でしたらVIPルームの空きがありますので、御案内できますよ?」

「いや、今日は昼休憩でここに来ているから、やめておくよ」


 今回は昼食目的で来店しているので、貴重な昼休憩の時間を取られたくないと思ったルイスはやんわりと断った。


「そうですか。残念です。そうですよね。昼休憩ですから余り時間がないですよね」


 アップルはとても残念そうにしていた。


「じゃあ今日もオムライスで」

「かしこまりました。では注文を通してきますので少々お待ちください」


 今まで2度オムライスの注文をしているので、出てくるまでの時間がおおよそわかる。御意見番のアランがいないため、他のものにすると、出てくるまでの時間を把握することができず、運が悪いと休憩時間中に食べきれない可能性があった。リスク回避のため、ルイスは確実に時間内に食べられる物を選んだ。


「お待たせしました。オムライスです」

「あれ? 今日は随分早かったね」

「えっ、ええ。他の御主人様のオーダーを飛ばして最優先で作らせて頂いたので。それとオーナーからの伝言がありまして、あとで直接お話がしたいとのことです。もちろんこちらからのお願いであって、御主人様が最終的には決められることでありますので、いかがしましょう?」


 注文したオムライスは、ルイスの予想より早い時間でテーブルに置かれた。そして言いにくそうにアップルは、ルイスにオーナーが話をしたいと言っていることを伝えた。


「わかった。会うよ。オーナーさんにそう伝えておいて」

「かしこまりました。でも、この店の闇を知ることになるから、余り会わせたくないんですよね・・・。それじゃ、文字を書かせていただきますね」


 ルイスの伝言を伝えに行く前に、アップルは仕事を優先し、ルイスに出されたオムライスに【大好き】と書いた。


「それでは美味しくなる魔法をかけさせていただきますね。おいしくな~れ♡」


 アップルは昨日は行われなかった美味しくなる魔法をかけた。


「では、オーナーに伝えてきますね」


 そう言ってアップルは店の奥に入っていった。


「今日も忙しそうだな」


 ルイスは店内を見渡した。昨日と同様で混雑していて、席は8割程度埋まっていた。客層は半分以上が同じヤオイシュタット男子学園の学生のようだ。男子校で全寮制と言うだけあって女性との接点が少ない生活を送っているので、このように女性と接することは大切なことなのだとルイスは思った。


「みんな必死な表情で話をしてるな」


 担当するメイドの気を引こうと、学生達は身振り手振りを交え熱弁を振るっているが、メイドの方は完全にお客さんを相手にしている態度で接している。アップルのような友達感覚で接しているメイドは見た範囲ではいないように感じた。


「お待たせしました。御主人様・・・って。まだ1口も手を付けていないじゃないですか。もしかして、私に食べさせて貰うのを待ってました? 仕方ないですね。スプーンお借りしますね」


 人間観察に夢中になり、少し時間が経過していた。用事を終えたアップルが戻ってきて、ルイスのオムライスに手が付けられていないことを驚いていたが、ルイスの意図を間違った方向に解釈し、アップルはオムライスの横に置かれていたスプーンを持った。


「はい。あ~ん」

「あっ、そう言う意味じゃなかったんだけど。ちょっと考え事をしていてね」

「そうなんですか? でも、ここまでしちゃいましたから、口は開けてくださいね」

「あ~ん。モグモグ」


 結局ルイスは、アップルにオムライスを食べさせて貰った。



「御主人様、それでは奥に御案内しますね。えっと、中にいる人物を見ても驚かないでくださいよ?」


 オムライスを食べ終えたルイスは、アップルの案内で店の奥に入った。何か心配なことがあるのか、彼女は入る際にルイスに対し念を押した。


「よー来たな。ワシがこの店のオーナーだ。店の運営と時々料理の担当もしている」


(なっ、何なんだ。このプレッシャーは)


 アップルの案内で奥の事務所に通されたルイスはこの店のオーナーと面会した。オーナーと名乗る男性は、長身で筋肉ムキムキの体にスキンヘッドでサングラスをかけている。見るからにヤバい奴だった。ルイスは彼から放たれるプレッシャーに飛ばされそうになったのを必死に耐えていた。


「まずは昨日のことの詫びからせんといかんの。おい、アレを連れてこい」

「マロンですね。ただいま呼んできます」


 アップルがマロンを呼びに行った。その間、事務所の中はルイスとオーナーの2人きりとなった。


「ほほぅ。なるほど」

「僕のことをジロジロ見て、なっ、何ですか?」


 サングラス越しでオーナーの表情はわからなかったが、ルイスを値踏みするように見ていた。


「ちょっと思うところがあってのう。まあ気にせんでくれ」

「はぁ」


 そしてアップルが戻ってくるまでの間、2人の間に会話はなく、居心地の悪い時間が過ぎていった。



「くおら、離しやがれ! あたしゃ、う○この途中だったんだよ」

「そう言ってトイレに籠もって仕事サボっていたんでしょ? 本当にどこに行ったかわからなくて店中探したわよっ」


 事務所の前が騒がしくなった。声からするとアップルとマロンのようだ。何やら言い合いをしているようであった。


「オーナーお待たせしました。マロンを連れてきました」

「ああ、ありがとよ。アップル、お前は仕事に戻っていいぞ」

「ですが・・・」


 アップルはオーナに仕事に戻るように言われたが、心配そうにルイスの方を見ていた。


「ですがじゃない、俺が言ったことはハイと返事をしろっ」

「ハイっ、す、すみません。失礼します」


 ビクッと体を震わせて、アップルは一礼して事務所から出て行った。


「おい、マロン。こっちに来い」

「え~。やだ。どうせ説教されるし」

「いいから来い!」

「痛い、痛い。引っ張るなぁ。パワハラだぁ、セクハラだぁ。訴えてやるぅ」


 オーナーの力には逆らうことができず、マロンは強引に引っ張られてルイスの前に立たされた。


「まあ、その何だ。昨日は、こいつのせいで迷惑かけたな。すまない。おい、お前も頭を下げろ」

「申し訳ありませんでした」


 オーナーの命令で今回は素直にマロンは謝罪した。


「マロン、店の者にそう言う態度をするのは仕方ないとしても、客の前では絶対するなよ。そうしなければお前はフロアに出さず、ずっと皿洗いだからな」

「水仕事は手が荒れるからやだー。わかった。わかりました。以後気をつけますっ」

「まあ、またやりそうだがな。よし、マロンは仕事に戻っていいぞ」


 オーナーに言われ、マロンは事務所から出て行った。そして再びルイスとオーナーの2人きりの空間が出来上がった。


「さて、本題に入ろうか」

「えっ? あれが本題ではなかったのですか?」


 ルイスはオーナーが面会したいと申し出たのは謝罪のためだと思っていた。だが、オーナーの口調からすると別の用件でルイスを呼んだようであった。

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