第17話 絢爛夜叉③

 釖装に乗った瞬間に、わたしは調子の悪さを察した。

 最初の瞬間、奇襲の虚空発勁で決めようと思ったが、それは不可能だと悟る。


 通常五十パーセントの出力を維持しているはずの練気機構の稼働率は、三十パーセント。

 第一次起動状態であった。

 このままでは虚空発勁を使用することはできない。


「火錬・無月」


 ゆえに火気にて応じる。

 熱量を発する練気により、剣銘結び技となす。

 炎を纏う紅の刃が、火花を散らしながら斬撃する。


 対する紫釖装は鉄扇を構える。

 紫鋼が纏うは風気。

 まとわりつく蛇のように鉄扇を覆う風が穂先へと集い、妙月と激突する。


 雨風が一瞬停滞する。

 ざーざーと煩いほどに雨が釖装の装甲を打ち付ける。


 輝かしきホロネオンに囲まれた戦場には、いつの間にやらドローンが待っていて、賭けが始まっていた。

 まったくもってこの惑星は何もかもが賭博なのか。


 呆れ果てる。

 どいつもこいつも、戦いを何だと思っているのだろうか。

 どうしてこうもを娯楽として扱えるのかと思ってしまう。


 ああ、ダメだ。

 まったく、復讐相手でないただの戦いとなると意気が損なわれて仕方がない。

 そもそもわたしはメイドなのだから、それも当然だろう。

 メイドの仕事は戦うことではないのだ。


「ここでも賭博ですか」

「賭けてみたら? 自分にかけて勝てばお金持ちよ」

「生憎とお金には不自由していませんので」


 わたしの財産はヴァイオレットお嬢様からいただいていた給金、十年分以上がそっくりそのまま残っている。

 莫大な金の使い方はほとんどが、栄養食品であり、それもフォスが料理をするようになってからはほとんど使われていない。


 だから、働かなくても暮らしていける。

 わたしは金持ちだ。


「だから、賭けなどする必要はありませんね」

「そう、恵まれてるのね」


 初めてそこに確かな恨みを感じ取った。

 恵まれている者が憎いのだろうか。

 貧乏人の思考と思えば、その通りだし、わたしにもその経験はある。


 だから、わかるはずだ。


 刀身鋼晶に映る能面が妖しく輝く。

 風がうねりをあげて迫ってくる。

 わたしはそれをまとわせた炎で斬り伏せる。


 練気機構のおかげでアイテール同士ほどではないが、少しずつ孔雀扇の意気を削っていく。

 それはさながら拳で分厚いダイヤモンドの壁を掘りぬくような根気と根性のいるような作業であるが、こういうのは慣れている。


 なにより相手の釖装は出来が良くはないらしい。

 釖装の性能は、互いの技量と釖装鍛冶の腕前次第。

 こと釖装の出来に関しては八代妙月に勝る刀工をわたしは知らない。


「ハアッ!」

「くっ!」


 おかげでパワーも速力もこちらが上なのは幸運だろうか。

 しかし、それで勝てるわけではないのが釖装戦だ。


 アイテール機関によるアイテール生産は好調。

 意気は随分と高め。

 先ほどの攻撃で幾分かは削れているが、虚空を纏わないただの攻撃などすぐに回復される。


「さて……」


 逃げよう。


「なっ!?」


 わたしは剣を切り結ぶと見せて、反転し逃げ出す。

 途中でしっかりとフォスは拾っていく。


「ちょ、ちょっと!? 今、スッゴク闘う場面だったよね!?」

「勝てない戦はしない主義です」

「勝てないの!? あんなに偉そうに四肢切り落として連れて来るとか言ったのに!?」


 うるさいですね、殺せるのなら簡単なんですよ。

 わたしの方が相性が良くて、強いのは確実なんです。

 それをあなたのためにやっているんですよ。

 殺さないように丁寧に丁寧に。


 と、いうわけにもいかず黙るほかない。


 命拾いしましたね、フォス。


「なんかすっごい寒気したんだけど!?」


 ……勘が鋭いですね。


「雨に濡れたから風邪をひいたのでしょう」

「魔法で治すからかからないよ!? ねえ、変なこと考えたでしょ!」

「考えていませんよ。ちょっとムカついたので放り出そうとか思ってませんよ」

「思ってるじゃん! はぁ……もー、すっごくシリアスに考えてたのにぃ」


 それは重畳。

 そもそもこんなもの真面目に考える方が馬鹿なのだ。


「ただの姉妹喧嘩に何をそこまで真面目にしているのやら」

「うるさいうるさーい! あたしは真剣に考えてたの!」

「はいはい」

「……それより、どうするの」


 絶賛、八代妙月は軽身功を併用し、今出せる勁力最大で猛ダッシュして逃げているところだ。

 いかに釖装とは言えど重力圏で飛行できるほど出力が高いわけではない。

 いや、正しくは戦闘中に意気が高揚すれば飛べるがわたしの妙月だけは、飛べない。


 どれほど意気を高揚させようと、重力を振りる出力は、練気機構ですら出せない。

 そもそもアイテールなしに釖装を動かせている時点で、ありえないことをやっているのだからこれ以上は望むべくもない。


 そういうわけで猛ダッシュして破棄されている惑星周回高架道路を走っている。

 相手は魔法を使って絶賛飛行して追ってきているところだ。


「ねえ、どうするの?」

「根比べと時間稼ぎですね」


 調、練気機構の起動に時間がかかっている。

 しかし、問題はない。

 この状態でも逃げに徹していれば、早々にやられることはないはずだ。


 プログラム通りの素直な風魔法など、師匠の曲がる投石に比べたら天国である。

 彼女は他の七星剣と違って戦場を超えてきた粘りがない。

 厄介ではないとは言えないが、殺し合いをしてきたわたしからすれば児戯に等しいと言える。


「いい加減逃げるな!」


 暴風の檻がわたしたちを覆う。


 それを見越したかのような、見事なタイミングで練気機構は二段階目に入る。

 ようやくだ。


 機体そのものを走らせて、機体に使用されている魂鋼を糸として紡いだ鋼筋繊維を物理的に温め、炉心自体の熱量を上昇させたことでようやく達した二段階目。

 あまり褒められた高揚の仕方ではないが、相手が相手なおかげでわたし自身でやる気をあげることができないのだから、致し方ないという話だ。


 これが八代妙月にバレたらわたしは折檻されてしまうだろう。

 バレないようにしなければならない。

 また、無茶をやったとメイドには屈辱的な縛り方をされて、お仕置きをされてしまうだろう。

 お嬢様以外のお仕置きなど到底受け入れられるわけもなし。

 メイドとはそういう生き物なのだ。


 ともあれ、猛ダッシュという無茶のおかげで勁力は最大値の六十パーセントほどに達した。


「ありがたい」


 呼気をひとつ。

 意気を整え、ふたつ。

 練気機構の第二駆動は虚空気を生じさせる。

 釖装の全身駆動をもってもう少し強く勁力を生み出す。

 同時の虚空発勁。


「虚空飛刀」


 放たれた嵐の檻を形成するアイテールを虚空で喰い破り、そのまま光刃と化した虚空刃を勢いのまま上空に浮かぶ孔雀扇に激突させる。


「っ!」


 勢いを高めた虚空の一撃は、孔雀扇のアイテール部品などを破砕させるまえに斬撃となって空の彼方へと消え失せる。


「はっ……三本ですか」


 刀身鋼晶の向こうで必死に姿勢制御を行っている孔雀扇の腕は三本吹っ飛んでいた。


「ごふっ、まあいいでしょう……」


 内部破壊までには至っていないのは良いが、わたしの方はダメかもしれない。

 先ほどの一撃のおかげで致命的な内傷を負ったのを感じる。

 臓腑の一つがまず間違いなく使い物にならなくなった。


 これは今日にいたるまで虚空発勁を使ってきたわたしに対するツケのようなものだ。


「リーリヤ、大丈夫……?」

「大丈夫です。問題ありません、臨時ご主人様。頭を下げておいてください」

「……う、うん……」


 さあ、残りもすぐに捥いでやります。


「くそ、よくも私の腕を!」

「たくさんあるのですから、少しくらい良いでしょう。まあ、全部切り落としますが」

「殺す!」

「無理ですよ!」


 放たれる風魔法の全てを軽身功を駆使して躱す。

 釖装による極まった功夫は、風に乗るという妙技すらも可能とさせる。

 機械による姿勢制御の賜物でもある。


 風を足裏に受けて波のように乗ることで、妙月は孔雀扇へと肉薄する。


「このォ、メイドの分際でェ!」

「その言葉はずっと昔から聞き飽きているんですよ」


 すれ違いざま、孔雀扇の腕へと掴みかかる。


「この、堕ちろ!」


 堕ちてたまるもんですか。

 全力で腕の二本を掴んだまま、その胴体へ蹴りを叩き込む。


「ぐぅ!」


 エリダは、直接その衝撃を喰らったことだろう。

 手加減したとは言えど、わたしが使ったのは浸透勁による一撃だ。


 超至近距離での打撃、それも空中や真空中などアイテールの防御があろうとも鎺に意を届かせることができる。

 ちょっとした裏技のようなものだ。

 ここまで接近しての肉弾戦など釖装戦ではあまり想定していない。


 特に七星剣の釖装どもはほとんどが名刀名剣の類であり、長い年月をかけてしみ込んだアイテールの意思により、魔剣聖剣と化している。

 そこに浸透勁を叩き込むのは至難の技だ。


 相手も武器を持ち間合いを計っている中で、それの間合い、懐へ飛び込むことは死地へ赴くことに他ならない。

 その上で二重三重の奥義妙技、手練手管を超えなければならない上に、かなり勁力を使う。

 とにかく割に合わない。


 ただ、今回は運よく新入りの七星剣の相手だ。

 まだなんとでもなるし、こちらの方が目的を遂げやすい。


「さっさと堕ちろ!」


 おかげで腕をパージされて落とされてるわけなのだが。


 もちろん、一瞬の虚空で両手に握った腕を破壊して着地。

 同時に再び廃棄された高架道路を走る。


 刀身鋼晶に映る孔雀扇の姿は幾分か、姿勢制御に難がでているようだった。


「さて、あと少し……」

「リーリヤ、顔、真っ青だよ! 本当に大丈夫なの!?」

「大丈夫ですよ、臨時ご主人様。あのたわけにかける言葉を考えておいてください。わたしはパーフェクトなコズミックメイドです」

「でも!」

「でもはありません。命であるならば、それを遂行する。それがメイドです」


 再び疾走する。

 さっきので三回目の虚空の使用だ。

 これ以上は使うわけにはいかないが、相手はまだ健在。


「さあ、行きますよ」


 四度目の虚空刃。

 命は惜しい。

 けれど、臨時とはいえご主人様の命令。

 これを遂行できなくて何がメイドか。


「虚空刃――抜刀!」


 急旋回での虚空抜刀。

 漆黒の刃が残りの腕と足を吹き飛ばさんと猛る。


「このォ!」


 いくら新入りの七星剣とは言えども、先代を殺してその地位についたエリダもまたそれを躱してみせる。


「二連」


 わかっていたからこそ、もう一度。

 連続の虚空刃。

 躱したその先に既に刃を置いておいた。


「っ!」


 さらにダメ押し。

 猛ダッシュで跳躍からの蹴りを鎺があるであろう位置に向けて放つ。

 虚空も纏わせていないが、それでも衝撃は大したものだ。


 そのまま地面へと落下。

 もみ合いを制し、ようやく孔雀扇の動きは止まる。


「さあ、ここからですよ、フォス」

「う、うん」


 虚空を少しだけ使い、鎺をこじ開ける。


「この!」


 反撃しようとしてきたエリダに刃を突き付けて止める。


「さあ、話し合いの時間です」

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コズミックメイドは、銀河をぶった斬る 梶倉テイク @takekiguouren

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